サゲが「アゲ」を必死に叩く、本当の理由。 / 境界線喪失の粘土 | 日記帳とペンと内なる天使    

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メンタルヘルスコンサルタントの弘恵です。

札幌と東京の二拠点で活動しており、日常での気づきや体験などを綴らせていただいております。

これは私だけかもしれないんだけど、

最近気がついて興味深いので、ここに書いてみることにします。

 

 

私、これまでいろんな人を見てきたんですが、

この仕事以外でも、いろんなシーンで、私に向かってひどい愚痴を言い続けるとか、引くほど性格悪いシーンを見せられるとか、ものすごいいじめを目の前で見せられるとか、実はほぼほぼなかったんです。

 

 

「そういえば、そんなに見ていないよね」とずっと思ってて。

 

 

で、最近気づいたんですが、どうも私は自分で思っている以上に顔に出るらしく、例えば、目の前でドン引きするような悪口を聞いてしまったとしたら、すごく表情に出てしまうらしいんです。

 

 

 

どうも、私のその「思っていることが顔に出る」というのが怖いみたいです。

 

 

それはオーラでわかるのか、瞬時にそう感じられるみたいです。

なので私の前でドン引きするほどの酷い姿を見ることはないですし、

人の悪口大会にもあまりお目にかかることがないんです。

 

 

 

もし私がそんな酷いものに出会したとしたら、きっと

「うわ!何やってんの!?ちょっと!やめなよ!」と言うんだろうな。

 

 

それで、ここが本題なのですが、

私が何かミスをするとします。

すると、「うわ、何やってんの!?何お前!」みたいなことを言われるわけです。

 

 

私は人からこのように言われることが怖くて、そう言われないようにかなり気をつけていたんですね。若い頃からずっと。

 

 

 

でも、重箱の隅を突く様に言われてきたんです。

何で他の人には何も言わないのに、私のこととなるとそんなに見張る様にしてるわけ???とずっと思ってましたし、あまりに細かく言われるので、言われる私の何かがおかしいのかと思っていました。

 

 

 

これ、違ったんです。

何より、周囲が(サゲの人たちが)、私がこの人たちに

「あんた、何やってんの!?」と言われることが最も怖いからこそ、

私が持っているであろう、この言葉の武器?を、周囲は率先して使う様にしていたんだと。

 

 

サゲの人たちが私に責められることが死ぬほど怖いからこそ、私の欠点を探して集団で叩きにきたり、色々やってたんだ〜!と、最近気づきました。

 

 

アゲって、光が強いからね。

何もしていないのに嫌われたり煙たがれたりする場合、波動が圧倒的に違うから。

 

 

そして、その強い光(オーラ)が、その人の隠したい部分を煌々と照らすんです。

すると居ても立ってもいられなくなる。

ここから逆恨みというか、勝手に反撃される、と言う形になるんです。

放っておくと自分が危ない、と思うからなのか、あの手この手で攻撃に来る。

 

 

でも、自分の価値や大きさを知らないと、この現象はただただ悲しいんですね。

で、自分は孤独なんだ・・・と思っていると、さらにその孤独を強調させるように(そこが弱点だと思われて)攻撃をされるんです。

 

 

これはもう、ネズミの集団の中にライオンが入り込んだ様なもの。

仲良くしようとすると急に舐め出すし、まぁうまくいかいのが当然と思っていいかもしれない。

 

まぁここまで来ると、話も合わないしね。

一番まずいのは、自分を小さくしてしまうことです。

 

 

私の出す「ちょっと!何やってるの!?」は、彼らにとっての存在の全否定になるからです。

 

 

 

逆恨みの正体:

サゲがアゲを攻撃したのは、アゲが「悪い」からではなく、アゲが「正しすぎる(眩しすぎる)」からです。

自分の汚さを突きつけられる苦痛から逃れるために、鏡(アゲ)を割ろうとしていたのが、これまでの「いじめ」や「重箱の隅をつつく攻撃」の全貌です。

 

 

 

 

私が自分を『無能』だと思い込むことで、一番安心していたのは誰だったのか。 それは、私の瞳に映る自分の醜さから逃げたかった、周囲の人たちでした。

 

 

 私はもう、彼らの恐怖に付き合って自分を小さく見せるのはやめます。 私の『うわ、何やってんの!?』は、これからは世界を正すために使っていきます☺️

 

 

自分を小さく見せることで周囲の恐怖を和らげてあげていた「過剰な慈悲」を破棄して、ライオンはライオンとして、堂々とを歩むのです。

 

 

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5/8の札幌の空


新しい粘土を見つけました。

 

 境界線喪失の粘土

 

粘土とは

 

この粘土は、相手の惨めさや劣等感といった負の感情を、鏡のように自分の中に映し出して自分のものとして引き受けてしまう、過剰な自己犠牲の粘土です。

「相手の機嫌が悪いのは自分のせいではないか」という罪悪感や、「私がなんとかしてあげなければ」という救済本能が、自分の境界線をザルのようにスカスカな無防備状態にしています。

相手の満たされない空虚さやストレスをぶつけるための「ゴミ箱」として扱われてきた経験が、この粘土を形成します。

この粘土があることで、自分の気高さに反応した人々から「お前のくせに生意気だ」と理不尽な攻撃を受けたり、親身になるほど相手が甘えて依存的になったりする現象を引き起こします。

この粘土を手放して「観測」の視点を持つことは、他人の機嫌を取る役割を終え、自分自身の心地よさだけを追求する者として生きるための解放となります。