そのようなお話を聞くことがたまにあります。
あるいは、
私、自分に自信がないんです。
これも結構聞くフレーズです。
どうすれば、自己否定しなくなりますか?
という質問も受けることありますね。
今朝、ふと思ったのですが、
そもそも「自己肯定感」って何なんでしょうね?
江戸時代の人、そんな言葉、たぶん使ってなかったよね(笑)。
明治の人たちも、使ってなかったんじゃないのかなあ~?
いつから使うようになったんだろう・・・?
それと同じく、人は、何歳くらいから、
そういうことを考え始めるのでしょう?
自己肯定感の低い赤ちゃん
って、会ったことありますか?
いや~、たぶん、ないですよねー!
いたら会ってみたいわー。
これ、私がたぶん2歳?くらいの写真です。

大好きなじいちゃんと手をつないで、
お気に入りの赤い長靴、右手にはなにやら持ってますが、バナナ???ww
自分こそ、世界の中心で、
幸せそのもの!って表情をしています。
おそらく、自己肯定感、その逆の自己否定も、
「自我」の確立とともに始まるのでしょう。
人が一人で立つには、自我の確立は大事だと思いますが、
一方で、それが「他者との比較」に入ると、面倒なことが始まります。
「自他の境界」
これが、現代人にとって、自己肯定感を持ちにくくする
一つの要素のような気がします。
相手と自分を比較して、
・どちらが強いか
・どちらが多く持っているか
・どちらが優れているか
などなど・・・
四六時中やっていたら、自分のことを好きになるなど、
到底できそうもないなと思います。
わもんでは、「話聞一如(わもんいちにょ)といって、
自他の境をなくし、話す側と聞く側が一体になる状態を目指します。
自然と、自分のことを考えるヒマがなくなって、
なぜか、相手の話を聞いているのに、
自分の悩みが解消していくような現象が起き始めます。
だからといって、自分がなくなるのとは違います。
比べない、ありのままでOK、となると、
自分も相手も大好きになってしまうのです。
2歳のひろえっちは、たぶん、この写真に写っている家族、
この写真を撮ってくれている父親も含め、
周囲の人が全員、愛してくれていることを知っているし、
自分が笑うとみんなが笑ってくれるから、
自分が満たされているのでしょうね。
生きてそこにいるだけで素晴らしい
そう、子どもの頃のあなたもそうだったでしょうし、
大昔の人々だって、そうだったのだと思います。
みなさんも、自分のうーんと幼い頃の写真を見てみてください。
無邪気に笑っているその時のあなたは
「自己肯定感が低い」って、悩んでいましたか?
そんなこと、きっとありませんよね。
その、ビュアな自分の心に戻ること、
そして、今日から
私って最高~~~~!
そして、あなたも最高~~~~!
と思って生きていくと決める!
もう「自己肯定感」などというややこしい言葉は
今日から使うのやめましょう~ヽ(*´∀`)/
どーしても、そうなれない!
っていう方は、個別にご連絡くださいませ♡