『完敗の杯』
2007年1月 ワセダクラブ・コラム「楕円球は呼ぶ」Vol.42
空気を読め。
嫌な上司の連発しそうな、嫌な言い回しだ。
空気を読まずに生きたい。
空気を読まずに愛される人なら何度も見た。
そうありたい。
でも空気は存在する。
「3連覇は難しい」という空気は。
どこか、そろそろいいだろう…という「気」が漂う。
ひとり勝ちかよ。
よくないよ、それは。
なんとなく、そういう心持ちにさせられるのだ。
同志社大学の唯一の3連覇(82年度から84年度)も、いまにして思えば薄い薄い氷を踏んだ。
V3の決勝、現在とは異なり、ほとんどが付属校出身の慶応大学に追いつめられた。
終了直前、あわや同点トライと思われるも、スローフォワードの笛に救われる。
年月を経て、このほど日本協会より公開された公文書によれば「あれはスローフォワードではなかった」。
いまのは冗談だけれど、ともかく正当なパスだった。
当時、明治大学とともに他を圧倒する選手層を誇った同志社にして、まったく、すれすれだった。
早稲田が負けた。完敗である。
関東学院大学は、焦点を絞り切り、闘争心で凌駕した。
それはそれは見事な勝利だった。
ある年代の読者なら、かつての早明戦を思い出されたかもしれない。
関東学院は、FWの体格でかなり上回り、ことにロックの高さで圧力をかけ、前半の前半、重いFWが元気なうちに大量点をたたみかけた。
追いかける早稲田は、どうしても焦る。
無理な攻撃を仕掛ける。
そこでターンオーバーからトライを奪い、息の根を止める。
いつかの明治の必勝パターンだ。
分析すると、ちっとも強く見えないのも共通する。
今季、関東学院のラグビーは、大切な決勝を除くと、ずっと発展途上だった。
ずばり攻守に粗い。
ディフェンスのアナも目立った。
相手校にすれば、まじめに研究すればするほど「勝てる」と思えてくる。それも往年の明治と似ている。
当事者のみならず、ファンもメディアも「早稲田有利」と予想したくなり、これが、また空気を醸成する。
しかし、ラグビーは「分析ゲーム」ではない。
昨年度のように早稲田が、ほぼすべての領域に優っていたなら、関東学院の欠点はそのまま欠点となる。
でも今季は、少なくともサイズでは関東学院が大きく上回る。
だから利点を最大限にいかしさえすれば、みずからの欠点の相当部分を覆い隠せる。
ここが勝負のおそろしさだ。
逆も真なり。
早稲田は、放置してきたライン防御の甘さがとうとう敗北を招いた。
対抗戦の段階に兆候はあったが、総合力で圧倒していたので勝ててしまう。
そして、ついに「本当の敵」とぶつかり脆弱は露呈した。
決勝。
敗者が観客に感激を与えられなかったのは、ただの一度も「相手に脅威を覚えさせるディフェンス」がなかったからだ。
清宮克幸前監督の手がけたチームは、年度をさかのぼるほど「前へ出るディフェンス」が激しかった。
個々の強さやうまさは別にして、チームとして、ラインとしては、山下大悟主将の代までは厳しく前へ出続けた。
「ハニュウ」のことは覚えておられるだろう。
FWのサイズと強さが増すに従って、ボール殺しを主眼に置き懐の深さを重視するディフェンスへと変わった。
新しい監督を迎え、いや、それだけでなく昨年度の栄光のFWからトップリーグ即戦力級が5人も抜けて、本来なら「激しく前でタックル」こそが求められた。
結果としては「脅威のディフェンス」は構築されなかった。
守りに回った時に「先手の構え」のないバックスの防御は、とうとう手つかずのままにされた。
「完敗に乾杯」と書けば、冷淡に過ぎる。
でも、ここまで完敗すれば、すなわち問題は白日にさらされ、地金も現れ、ごまかしと訣別できて、より高い山の頂への道は拓ける。
もとより部員と中竹竜二監督の尽力を想像すれば、祝杯ではありえぬ。
しかし、好敵手の示してくれた「一から出直せ」というメッセージはやはりありがたい。
ラグビーという酒を注いで、小さな音でカチンと杯を鳴らす価値ならある。