藤島コラム①『巨人3連敗-憎悪の対象とならず-』 | ひろどんの歌声日詩♪
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最近、両方の調子が悪いため

念のため、ここに保存していきます。


管理人のメモ帳みたいなモノなので

気にしないでくださいませ。

m( _ _ )m



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『巨人3連敗 -憎悪の対象とならず-』

2005年4月5日 東京新聞(夕刊)「スポーツが呼んでいる」


 水道橋の駅にざわめきはなかった。帰りのキップを買いに走る混乱も見当たらない。

先週の土曜、そろそろ試合の始まる東京ドームへの道はやけに整然としていた。

もしやわれわれは「巨人」が普通の背丈の隣人と化す瞬間に立ち会っているのかもしれない。

プロ野球の巨人、開幕3連敗。

両リーグを通じて白星なしはジャイアンツだけである。

新球団の楽天よりもかんばしくない成績は、正直に申せば、ちょっと心地よかったりする。

そして思う。もはや若き野球ファンにとって「巨人のつまずき」は格別な意味を持たないのではないかと。

     ◇          ◇

 たとえば巨人V9の時代に育った人間は、無敵ジャイアンツが好きでないなら、すべて憎悪の炎を燃やした。

かつてシカゴの名物コラムニスト、マイク・ロイコは、ニューヨーク・ヤンキースへの反感を「健全で健康な憎悪」と書いた。

それに従えば、健全で健康な憎しみを、少なくない老若男女は東京の大球団に差し向けた。

しかし、高級ウィスキーを極上のブランデーで割ってバターを落としたような濃厚な戦力を抱きつつ、奇妙なほどもろい昨今の巨人に慣れてしまえば、健全で健康な憎悪は消えて、健康でも不健康でもない無関心の対象となる。


 日曜朝のテレビ番組で、巨人の清武英利球団代表が「戦力の一極集中批判」に対して、以下の内容を語っていた。

「戦力の均衡は実はある。この10年で全体の75%の球団が優勝している」

事実だ、後段は。ただし前段はそうなのか。

戦力は不均衡じゃないのか。

どこかの球団は恵まれながら勝てない。もっと談じれば、試合ぶりにさえたところが少ない。まさに問題はそこなのである。


 最高の条件を得たチームが、配慮の行き届いた補強を行い、知略と人格に満ちた監督を配したならば無敵である。

考えてみれば、お人よしのような巨人のさまざまな選択は、期せずして戦績の均衡をもたらしてきた。

しかし、そうこうするうちにプロ野球の空洞化は進んでいた。

やはり豊かな者は豊かな野球をすべきだった。それでこそ「アンチ」も燃えるのである。


野球好きの知人の意見を聞いた。

キャッチボールを主題とした作品を制作中の大崎章は言う。

「堀内監督と清原が握手する。ああいうのが弱々しい。予定調和というのか。

戦う相手が違うというのか。ケンカしたまま勝てばいい。

その点、広島の無名の選手には躍動感がある。

野球をしている感じ。

赤いユニホーム、どことなく草野球のものすごく強いチームみたいで。

あっ、これ、ほめ言葉です」

     ◇          ◇

 世間に君臨した巨人は、新しいシーズンを迎え、世間の評価と戦っている。

だからグラウンドに迫力を欠くと決めつけては単純だろう。

ただ、全般に生気が乏しいのも事実である。


 「あの球はオレの野球じゃ考えられない」

堀内監督は嘆く。

日曜夜、8回に逆転2ランを浴びたブライアン・シコースキー投手の棒のごとき1球について。

ああ監督にして眼前の敵でなく「オレの野球」と戦っている。

内向きの疑問と。


なんだかG党でも何でもないのに声をかけたくなった。

「パーッといこうぜ」