「追悼 日吉ミミさん」の巻 | ひろどんの歌声日詩♪
「日吉ミミ? 誰それ??」って方が、多いかと思われますが・・・。あせる

(;^ω^ゞ


昨夜のこと。

今年、亡くなられた芸能人を追悼する番組で

8月に亡くなられた日吉さんが紹介されていたのを見て

今から15年ぐらい前になりますが、

日吉さんに仕事でお会いし

昔の歌手の苦労話を聞かせて頂いたり

仕事で悩んでいたワテを、めっちゃ激励してくださった事を思い出しました。

(´;ω;`)ウッ・・



昭和40年代に活躍された、日吉さん。

鼻にかかる声で「こいびぃ~とに ふられぇ~たの~音譜」と唄う、

『男と女のお話』という曲は、聞いた方もいらっしゃるかと思います。


日吉さんが紅白に出るぐらいに活躍されていた頃は、

ワテが生まれる前の事なので

なにぶん、当時どのぐらい有名だったのかは

よく解っていないのですが・・。汗

(*゚ー゚)ゞ




ところで、「昔のアイドル」というのか、

昭和30~40年代頃に活躍された芸能人っていうのは、

テレビで見ていると、怖いというのか、近づきにくい雰囲気がある。

しかも、実際にお会いすると、テレビで見る以上にオーラがスゴイ。



いつの時代でも、売れっ子の芸能人にはオーラがありますが、

今のアイドルの様に、透明感のあるオーラとはまた違う、

なんとも形容しがたい、オーラというのか、存在感がスゴイ!

多分、中尾ミエさんや美川憲一さんとかも、そうだと思うのですが・・・汗


ちなみに、ワイドショーに出て来る芸能人の中で、

ワテが一番好きなコメンテーターは中尾ミエさんですw

(´゚ω゚):;*.':;ブッ



それはさておき、やはし日吉さんも、

始めは、めっちゃ近づきにくかったw




日吉さんのコンサート(リサイタル?)関連の業務で、

お仕事させて頂いた時のこと。


コンサートが、終わった後の打ち上げの席で、

挨拶がてら、お酌へ行くにも

仲間内で「誰から行くか?」と、揉めるぐらいに近づきにくかった・・。あせる





それで、日吉さんの御実家が、ワテが茨城に住んでいた時の家と

近所だったのを思い出し、

ちゃんとネクタイを締め直し、勇気を奮って行ってみたw



先ずは、ビールを注ぎつつ、社交辞令の挨拶を二言三言。ビール

そして、恐る恐る「日吉さんは茨城の水戸の方ですよね?」と切り出し、

「実は私も・・・」と、カクカクしかじか話したら

日吉さんは、10代の頃、水戸に住んでいたらしく

「久しぶりに使ったわよ」と言いながら、ちゃんと茨城弁で応えてくれて

めっちゃ気さくな方で、安心したのを覚えています。



その後は、御当地ネタで盛り上がり、

それまで正座で話していたワテに、

「足を崩しなさいよ♪」

「コップ、持って来なさい♪」

「次は、なに飲む? ビール?日本酒?水割り?」「それじゃ全部ください!」(←アホやーw)

と、甘えまくった、当時25歳のワテ。。。

(〃∇〃)



「この仕事は長いの?」

「ちゃんと、ご飯は食べてるの?」

「親孝行しなきゃダメよ!」

などなど・・・。


当時、一人暮らししていたワテに、

母親のような真心で心配してくださいました。

( ;∀;)




何かの拍子で、仕事を辞めようか迷っている旨を

ポロっと話してしまった時に、

「私がデビューした頃は・・・」と

普段はあまり話さないらしいのですが、

昔の芸能界というのか、当時の歌謡界の話を聞かせてくださいました。



当時は、『アイドル』というジャンルがない時代。

デビューに至る過程も、今みたいに大掛かりなオーディションをやったり

テレビや映画とタイアップした発掘プロジェクトもなく、

ヒットメーカー的な敏腕プロデューサーもいない。



ましてや、演歌、民謡、ポップス等などの歌手が

同じ番組に出て歌っていたので、

デビューする為には、

とにかく「歌が上手いこと」が、絶対条件。



デビューするまでの研修期間も長く、

研修生時代の日吉さんは、

歌の稽古のために、水戸から都内の稽古場まで

今だと特急電車に乗れば1時間もあれば行ける道のりを

特急が通っていなかったので、片道3時間もかかる普通電車に乗って

毎日、学校が終わると、通ったそうです。



とくに常磐線は、茨城に入ると、畑や田んぼの真ん中を走るので、

日が暮れてから乗ると、不気味なまでに真っ暗になるw



当時の日吉さんは、稽古からの帰り道、

「私はデビュー出来るのかなぁ~?」

「いつ、デビュー出来るのかなぁ~~??」

と、車窓に見える真っ暗な景色を見て

心細くなっては、その度、

「紅白に出るぞー!」

「レコード大賞とるぞー!」

と、自分を励ましながら、通い続けたそうです。

(´∀`∩)↑age↑age↑




また、こんな話もされました。

「テレビに出てくる人だけが、歌手じゃ無い。

私は、歌う事が大好きだから、ずーっと歌を続けるし、

だから私は、死ぬまで歌手よー♪」


二時間ぐらい、あれやこれや話をさせて頂いて、

今と変わらず、結構、礼儀知らずなワテはバカ飲みしてしまい・・・

(/ω\)めんぼくねー。




帰り際に握手をしながら、

「仕事を辞めるも、続けるも・・・

人生は、思い切り、生きなさいね!


また会いましょうね! 大きくなったら、ちゃんと挨拶に来なさいよ♪」

と、背中を叩きながら、笑顔で送ってくださいました。



あれから、15年が過ぎ、

ワテの事なんか、日吉さんは覚えていないと思いますし、

しかもワテは、無駄に年だけくってしまい・・・。汗

(・・。)ゞ



それでも、「日吉さんに言われた様に、全力で生きてますよ!」と、

一度、きちんと御礼に伺いたかったなぁと、後悔しております。





PS.

日吉さん、

大好きなお母様のそばで、ゆっくり休んでくださいね!