日中韓について私が知っている二、三の事柄:その⑤ | ひろどんの歌声日詩♪
前回のつづきです



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小さい頃、『筋肉マン』というマンガ(アニメ)が流行っていたせいか・・・。

中国人と聞くと、直ぐに「ラーメン・マン」を思い出してしまいます。

当時、読者の投票による人気ランキングでは、ラーメンマンが1位だった事もあり、きっと同じ様な人が多い気がしてまつ。



それはさておき、ラーメンマンの特徴の一つが『弁髪』という髪型です。

この不思議な髪型は、敵・味方の区別をつける為にやっていたそうです。


モンゴルや中国北部に住んでいた民族が、中国を統一し『清』という国を作った時に、この髪型を『チャイナ服(チーパオ)』と一緒に全ての国民へ強制しました。

そして、これを守らない他民族の人々を、次々あぼ~んさせていったそうです。


また、日本のチョンマゲも、形、長さ、大きさによって、身分や地位、戦いに勝った側・敗けた側の判別として、取り入れていたそうです。


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本題に入ります。


中国の歴史は、「中原」を巡っての内乱と、北方の外敵との戦い。

時の「政府」というのか、『国家』を脅かすものは徹底して排除する。


これは大昔の話ではなく、今でも続いております。

まぁ、こういった傾向は中国に限った話ではありませんが、より顕著だということで、いくつかの事例を取り上げていきます。


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地方の豪族が争い事を繰り返していた、古代・中国。

そこに、国を統一するツワモノが現れました。

『秦の始皇帝』です。


始皇帝が中国を統一してからは、各地域でバラバラだった風習や法律、貨幣、単位、文字を全国共通のものに変更させました。


ここだけ見れば、とても良いヤツなのですが・・・。

何かと伝説の多い、このお方は独裁者的な専制政治を行いました。



「アホ」の語源にもなったと言われる、巨大宮殿『阿房宮』の建設。

『万里の長城』を改修して、防衛をより強固なものに。

兵や馬の形をした像を無数に設置した、自身のお墓となる『秦始皇帝陵』の建設など。

これらの公共事業を行う際に、国民を無理やり連れてきて働かせました。



他にも、『焚書坑儒』と呼ばれる思想の弾圧をしたのが有名です。

「書を燃やし、儒者を坑する(生き埋めにする)」ことで、医学・占い・農業以外の書を焼き払い、『儒教』を広める学者を生き埋めにしました。



これらは紀元前200年頃のことですが、現代に至るまで中国の権力者は同じ様な事を繰り返しております。


有名なところでは、「勘合府」と呼ばれる二枚の札で取り引き相手の確認をしていた「日明貿易」で有名な『明』の時代です。

300年間、17代に渡っての恐怖政治。


『朱子学』を国定の学問とし、それ以外の思想を弾圧。

都を北京に移し、今では『故宮博物館』となっている『紫禁城』という宮殿を建てました。



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恐怖政治がたたって明が滅んだ後に、中国を統一したのが冒頭に弁髪で紹介した『清』です。

清の時代には『西太后』。

この人の半生は、今春にNHKで放映していた日中合作のドラマ『蒼穹の昴』でも取り上げられましたね。



起伏が激しい性格で、機嫌を損ねようものならば、その相手が皇帝をしている自分の子供だろうが構わず処分する。


また、隠居後に住む巨大な庭園『頤和園(いわえん)』を作るのに、戦艦を造るための軍事費を削って建てたので、後に日清戦争で日本に敗れる事にもなりました。



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最近では、戦後の1950~60年代にも同じ様なことが起こりました。


第二次大戦が終結し、日本との戦争が終わった中国では、国民党の内戦に勝利した共産党が『中華人民共和国』を建国。

その政権は、政府の意思に従わない人、批判的な人を軒並み投獄。

疑われただけでも逮捕されるという、凄まじい圧政です。

そして、捕まった人たちは皆、あぼ~んされたらしいのですが、その数は一説によると2000万人だとか・・・。

ガクガク((( ;゚Д゚)))ブルブル



大昔の『皇帝』や『皇太后』が、後の『主席』に名前を変えただけで、やっていた事はほとんど同じ。


「中国には言論の自由が無い」という構図は、今に始まったものではなく、昔からの慣習みたいなものでしょうかね。



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とはいえ、戦前の中国はとても貧しく、餓死者が道端にワンサカ転がっていたそうです。

それが、この政権が出来たおかげで、今では13億人もの人たちが、(豊かではないものの)食うには困らない程度の生活を送ることが、出来る様になったと言われております。


「自由があるけど貧しい暮らし」

「自由が無いけど豊かな暮らし」


どっちが良いのでしょうかね。




(次回に続きます)