ねむるまえに
この前の夜、父親が節句のお呼ばれで貰ってきた御膳の残りのお煮しめを食べたていたら
「やっぱり美味しくないなぁ」と思って。
そんな不味いお煮しめを食べながら「でもこの不味さが愛おしいよなぁ」なんて。
不味いって分かっていながらも、口に入れてみて「ほらね、やっぱり不味いよ」って言いながら食べる安心感というか。
不味くていい、不味いのがいいという特例のポジションが許されるなんて、なんかいいよなぁなんて。
でも、このお煮しめも、死んだら食べなれないんだなぁとか急に思っちゃって。
死んだら、不味いお煮しめも、美味しいお煮しめも食べられない。
今までムカつく人間も抹消したい記憶も沢山あったけど、それだって死んだら無くなっちゃうんだろうなぁって。
確かに死んでからも記憶は残るのかもしれないけど、その記憶だっていつかは風化するんだろうし。
自分が生きてる間に見たこと聞いたこと感じたことは、自分の中にしか記憶保管出来ないわけだから
自分がこの世からいなくなったら、それが全てまっさらになっちゃう。
自分の身心の記憶は、自分でしか再生出来ないわけだから
この生身の自分が感じたことを、自分が死んでからそのまま残すってことは不可能なんだよね。
死んだら全部無くなっちゃうんだ、と思ったら あんなに嫌だった思い出したら死にたくなるような記憶すら愛おしくなった。
「自分の記憶をそのまま残すビデオテープ(古)みたいなのがあればいいのに!」
って、不味いお煮しめを食べながら本気で泣いた。
実際、冷静に考えてそんなの残ってたら、死んでんのに更に死にたくなる気がするから それでいいんだろうけど。
この生身の感覚が残らないのは、凄く寂しいよ やっぱり。
今度これで剣道しようか
夕方、コタツに入ってテレビを見ていたら 台所から来た母が「ハイ」と何かよこしてきたので「ハイ?」と振り向きざまに受け取ろうとしたら、20㎝くらいのチョリソーで。茹でたて、しかも手渡しで。「バトンかよ!」と思いなが一応受け取ったんだけど、熱くて思わずぶん投げてしまって。でも気を取り直してフーフーしながら食べたらすっごい美味しかったので「これ、どこのウィンナー?」って聞いたら「ば、ば、ばあ…バルンエッセンス!」
アルトバイエルンとシャウエッセンスが奇跡のコラボ
(※パッケージ見たら全く別のメーカーだった)