FaceBook等では、何度か八神純子さんの東北支援チャリティーコンサートがあるって記事を書いていたけど、昨日6月30日、それが現実のものとなりました。

そもそも1978年のデビューって事は僕が高校生の頃、TVでしか見たことなかったけど、小柄で、綺麗で、歌声が透き通ってる歌手とうイメージを持っていた。誰もが知っているヒット曲がたくさんあって、カラオケで色んな人が挑戦しても、キーが高くて途中で歌えない。そんなハイトーンで透き通った声の持ち主。

まぁ、こんなイメージで、好きだったけど、追っかけていたって程ではなかったのが数ヶ月前までの僕でした。

ある日のBayAreに住む赤間さんからの電話によって、このTVやメディアの中での大歌手が、身近な方に代わっていった。

同じくBayAreaに住む由美ちゃんのTwitterの呟きが今日に至ったけど、先日のLAでの打ち合わせから、一昨日のSan Jose空港へのピックアップ、我が家でのBBQ、当日のLunch、ショッピング、そして顔つきの変わったリハーサル、そして本番、さらには打ち上げ。

周りにすごく気を配る姿、皆の話を一生懸命聞いてくれる目線、日本を元気付けようとしている姿勢、どれをとっても大ファンになりました。赤間さん由美ちゃんのBlogで色々とUpされていると思うので、詳細はそっちでも読んでみて。

僕は、近々に今回の流れと、僕が思った事を改めてUPしますんで・・・・

純子さん、ほんまにありがとう。大ファンになりました。

$僕の周りで起こっている事
アメリカに移った理由は、ダイレクトには「アメリカの会社に来ないか」という一本の電話だけど、その電話に即答で「行きます」という言葉を導き出させたのには、違った理由があった。

ハンティングの電話をもらう9ヶ月ほど前に上司であり、会社生活の中で色々と指導してくれた先輩がハンブルグで急去された。

9つ上の先輩で、僕の社会人になった年に他の部署から僕の配属なった生化学事業部に転籍された方とは、福井県敦賀の社員寮で相部屋となった。奥さんと3人の小さい子供さんを神戸の自宅において3ヶ月という短い期間ながら、右も左も分からない新入社員との生活を過ごされた。

色んな事を教えてもらい、怒られたり、褒められたり、たくさんの社会での基本を教えてくれた方である。

でもその教育を受けてからたった10年の月日を経て、42歳の若さでご家族を残して異国で最後を遂げられた。

あれから18年近い日々を過ぎ、今日はその先輩の還暦の祝いの日である。

明日奥さんと食事をさせてもらいます。

長らく言えなかった当時の思い出をたくさん語ろう。

そして、先輩の還暦を祝います。

先輩の教育がなかったら、今の僕はないだろうし、先輩の先立ちがなければアメリカにも移ってなかったろう。

先輩、60才の誕生日、おめでとうございます。僕ももっと頑張るので、引き続き応援お願いしますね。

合掌&Happy birthday!!!
今月の出張は今日からです。
いろんな事をやってるので、忙しいねと良く言われるけど自分の中では、やれる範囲をこなせてる間は実はそんなに忙しくないんよね。

昔のピンクレディーみたいなんとは違うわけやし。

さて、飛行機でゆっくり時間を過ごそうっと。

エコノミーやけど( ´ ▽ ` )ノ




iPhoneからの投稿