2021年9月26日 「ボリビアからって言ってみた」 | 秋元広行のボリビア日記

秋元広行のボリビア日記

ボリビアはラパス市に2000年より在住。
日々フォルクローレ歌手として活動中。
ただ今オンラインでのボーカルレッスン絶賛受付中です!

さて、世界はコロナ禍で大変な時に限ってウロウロしております。

 

今年も結局3回ボリビア〜日本間を3回移動することになりました。

 

色々と制約が多い中で移動するというのはなかなか面白いのです。

 

日記がてらラパス〜日本までの道中をここに記します。

今まで書いたことないのですが、旅行者になった気分で書いてみます。

 

9月26日17時家を出る。

 

いつも通り家族親戚が集まって「Con Dios!(神とともに!)」と

言われながらハグをされる。「気をつけてね」の最上級的な表現ですね。

 

タクシーで標高4000mのエルアルトの空港へ。20分ぐらい。Bs.60。

 

航空会社からはチュックインは大体3時間前に並んでくださいと言われるが、

行ってアテンドしてもらった試しはない。

 

でも国営のBOA(ボリビアーナ航空)はいろいろ便が出ているので、

その前からもチェックインは行われていた。

 

ここでは「コロナ陰性または回復して3ヶ月経過したいう誓約書」

を書かされ、コロナ陰性証明書とESTAを提示し、税関申告書を

渡される、紙が一気に多くなる。

 

 

ラパス〜ボリビアの玄関サンタクルスへ1時間ほど。

このBOAは運転がかなり上手い。

ほぼ揺れない&着陸も全く音がしないのです。

何回も乗りますがいつも感心しています。

 

 

出発時間は30分ほど過ぎてましたが。

あまりヤイヤイ言う人はおりません。

 

サンタクルスついて。

荷物はそのままマイアミまで行きますので、

ピックアップせず、荷物検査&入国管理へ。

だいぶ前に荷物をかなり調べられたこともあります。

お土産の焙煎コーヒーを2つ手荷物に持ってたら、

「これは粉物なのでアメリカへは持っていけません。」と言って

取り上げられたので、

「アメリカ入国時に聞いてみます」となんと1袋は死守。

いまだに根に持っています。

 

ボリビア在住外国人が出国するたびに

払わされる税金。よくわからないのもボリビア感満載。

 

これがキツかった。サンタクルス〜マイアミ間の便が小さかった

のと隣のにいちゃんがデカかったのと前の人も

背もたれを倒してきて窮屈なことこの上なし。

7時間のフライトが地獄となりました。

 

サンタクルスの街並み

 

 

結局マイアミに30分ほど遅れて着きました。

時間の遅延はよくあります。

なので、トランジットの時間は3時間は

あったほうがいいです。今回2時間ちょうどの便があって、

念のため4時間ほど開けた便にして正解でした。

 

同系列のTAM航空〜アメリカン航空であれば問題ないのですが、

1番安い便を探すとこうなってしますのです。

 

それでマイアミ到着

「Hi, Transit to Japan today」と

大きな声で言ってあげ、マスクを撮って写真を

撮ってもらうと入国のハンコもなく通れました。

 

南米から来る人たちのアメリカの玄関「マイアミ」

 

でマイアミでいつも時間をつぶしにくるところがここ。

わかった方は相当の空港通です。

 

サンタクルスからの荷物をピックアップして、

もう一度チェックインへ。

国際線は六番ゲートの近くへ。

 

チェックインの際に聞かれたのが、

「日本入国に際し、厚生労働省への陰性誓約書を

提出してください。QRコード見せて」

と言われ、もちろんやってなかったのでそこで

やろうとしたらwifiがない。

 

結局30分ほど粘ったけど、係員の人からも

「また後でやっといてね」と言われる始末。

 

マイアミは特にラテンアメリカの人が多く、

係員もみんなスペイン語必修っぽい。

 

で今度はロスへ。

 

この辺から画面やらついてきて、日本語の映画も見れるように。

飲み物以外は何も出ず、とにかくお腹が減っていた。

 

ロスで何か買おうかと思ったが、

飛行機で出るから我慢しました。

というか家族やらへの連絡で食べる時間もなく。

 

空港内はアメリカでもマスクしています。

ボリビア人からしてもアメリカは感染者が

多いので、気をつけるようこっぴどく言われてきました。

 

待ち時間も1時間半。一路羽田へ。

 

しかし人がいなかった。。。

この前乗った羽田→シカゴ便は満席。

人が少ないとなんか申し訳ないような気がするのです。

 

この便は日本の夜だったので、

とにかく横になって寝ました。

飛行機で1番後ろの席でしたが、

どんだけ揺れても真横に寝てると感じないんですね。

 

ちなみに僕は、幽霊やジェットコースターや借金や歯痛

も嫌ですが人生で怖いものベスト3に入るほど、

飛行機の揺れは怖いです。

 

食事(サーモンのムニエルとサラダ類)

 

到着2時間前ぐらいの吉野家。

 

日本到着前の夕日

 

さて羽田到着。

 

ここからが大変なのです。

空港は迷宮に早変わり。撮影禁止なので撮れませんでした。

それぞれの部屋にたくさん人がいて、ちゃんと指示をしてくれますが

あとどれぐらいすれば外に出れるのかをいう人がいないので

「これは永遠に日本に入れないではないか。」という考えが頭を

よぎるほどです。

 

だいたいこんな感じ。

 

飛行機降りて、しばらく歩くと

書類を持ってるか調べる人。

どこから来たかを聞く人。

陰性証明書を見せてという人。

サインをしたか聞く人。

それを調べる人。

14日間の隔離期間に使うアプリをダウンロードしたか聞く人。

で、それを見る人。

で、その使い方を教える人。

で、それを横でなんやかやいう人。

「ボリビア」からきたといった途端、

ざわっとなって、

横の人に「ボリビアです」という人。

抗原検査をするためのキットを渡す人。

そこに「ここまで唾を入れてね」という人。

15分かけて唾を入れたものを見て、「ああもうちょっとね」という人。

「『ボリビア』からですと検疫所が確保する宿泊施設に待機いただきます」

という人。

そこまで連れて行く人。

 

 

 

荷物をピックアップして、税関申告書に全部NOって書いてあるのに

「ボリビア」からです。というと

「はい、じゃそっちから荷物見せてもらえますか」

という係員。

チャランゴの歴史まで説明して差し上げました。

 

毎回歩いてそれぞれの担当者に出会って。

 

出会いっていいですね。

 

それぞれの人の話を聞いて、こっちの話をしてたら

出るのに3時間ほどかかりました。

 

というわけで、

ラパス出発して48時間後ぐらいに無事に日本につきました。

 

というお話でした。

 

これからまだ12日間ほど隔離期間は続きますが、

が、がんばります。

 

最後に、

ボリビアから持ってきたピーナッツ、そら豆やら。

このおかげでなんとか空腹をしのいでいます。

 

この水際対策がいつまで続くか知りませんが、

南米から来る人は食べ物をいろいろ持ってくることを

お勧めします。