みなさん こんにちは。


東京は、朝からとてもいいお天気です。


からっとしていて、爽やかな5月の風ですよ。

いい季節ですね。



来週からは遅いゴールデンウィークも明けて、

いよいよ日常が本格的に戻ってきますね。





さて、日曜日です。


娘一家の4歳のおちびさんが

「バーン!」

二世帯住宅になっている我が家のドアを開けて、

飛びこんできました。


両手いっぱいに電車を抱えています。



ママは美容院。


朝からずーっと

パパとプラレールで遊んでいたようです。




「トーマスつけて!」


録画していたトーマスの映画を観たくなったらしい。



おにぎりとイチゴを食べながら観始めました。


ごきげんです。



手についたご飯粒を、

ソファーカバーに擦り付けて取っています。


キッチンにいる私に向かって


「ばーかー!」


にいっと笑いながら言いました。




少し前までは、「うんち」「うんち」言っていました。


近頃のブームは、「ばーかー」です。



保育園で色々仕入れてきますね。





「確認期」になったんだなあ と思います。



自分はこの人に愛されている

自分はこの人に認められている


これを確認してくるのですね。





自分の子育て中のことを思い出します。



娘のときの方が

もっときついこと言われたかなあ。



女の子はね、4歳くらいになれば、もう立派な女性です。


出世が早いのです。


ママのことをよーく見ているからね。

口も達者だしね。


男の子は、まだまだかわいいね。





今思うとね、


この、「幼児期の確認」


これを親がしっかり受け止めることって、

その子の一生に関わるくらい大事なことだったんだな


そんな気がしますよ。





私の母は、とても厳しい人でした。


戦争を知っている世代だったし、

母の実家も厳しい家だったようです。


時代ですよね。





中学校のお弁当のときのことです。


一緒に食べていた一人の友達が、


「こんなお弁当 きらい!」


はっきり言いました。


びっくりしました。



その子のママがいたわけじゃないし、

子どもだけの場所です。


そんなに気にすることもないじゃない?




なのに


「私なら、絶対に言えないな」


そう思ったのです。



そして、そういう自分にびっくりしたのですよ。




母がそこにいるわけでもないのに、

母に関する悪口なんて言えない。


「私って そうなんだ!」


気づきました。





今はなんとなくわかるのですよ。



あのときの私は


「母に愛されている」

「母に認められている」


その自信がなかったのでしょう。




ドラマや映画に出てくる毒親のようなことは、

まったくありませんでした。



色々な面で十分にしてもらっていました。



なのに、どうして


「愛されている」自信がなかったのか?





幼児期の「確認期」に、

それが出来上がっていなかったのだな


今はそう思います。





人生で初めて出会った、自分以外の人。

それが、ママですね。



その人との間に

「愛されている」確信が掴めない。


幼児期にそれが掴めていないと、


「自分はこのままではいけないんじゃないか?」

「もっとがんばらなくてはいけないんじゃないか?」


いつも、誰との関係でも、不安なのです。



自分に自信が持てないから、

自分の気持ちをストレートに表現できない。



そして、いつの間にか


自分のストレートな気持ちすら、

わからなくなってしまう。





これでは、生きづらいよね。



明らかに ソン ですよ。






反抗期に


「だまれ ババア」 とか

「うっセー!」「うざい」 とか


ママに直接言える人っているじゃないですか。



そういう人って


「この人は何があっても自分を愛してくれる」


そういう自信があるから、言えるのかもしれませんね。



無意識でしょうけどね。



「こんな家絶対に出ていく!」


決意をしている人は、別として ですけどね。






目の前のおちびさんの


「ばーか!」


を聞きながら、




「ここで いっぱいやっておきなね」



そんなことを思うアラカンなのでしたよ。






がんばっている人も



がんばれない人も



がんばらないいようにがんばる人も



今日も、ありがとうございます。