みなさん こんにちは。
東京は薄い雲はありますが、いいお天気です。
湿度も高くなくて爽やかな季節ですが、
今日は、朝から黄砂が飛んできていますね。
外を歩いていると、目に異物が飛び込むのがわかります。
二日ほどは、洗濯物も外干しせずに凌ぎたいですね。
さて
朝から、娘一家の4歳のおちびさんがぐずっています。
昨晩、
「今日は半分だけね」
そう言われた、ポケモンのウエハースチョコ。
その片割れの半分を持ってきて
「食べる!」
言い張るのです。
「いちごとパン 食べてから」
出社の身支度をしながら、ママは言います。
で、ぐずっているのです。
もう、頭の先から足の先まで、
ポケモンのウエハースチョコのことでいっぱいになっています。
それでなくても、
「1分勝負!」
そのくらい忙しい朝の時間です。
結局、ポケモンチョコ ゲットしました。
泣いてた涙が光るそのままで、
満面笑顔になっています。
これなんだよね。
二世帯住宅になっている我が家に戻って、
コーヒーを淹れながら、
私は思いましたよ。
今、今、今。
今しかないのです。
「今これがしたい!」
それしかないのです。
4歳の、頭の先から足の先までの全ての細胞には、
それしかないのです。
ご飯食べられなくなる?
栄養が偏る?
もうあと15分しかない?
ちゃんと歯を磨かなきゃ?
すべてどうでもいいのです。
そんなの1ミリも関係ないのです。
小さい子が見ているのは、
「今、これがしたい」
これだけなのです。
生きること = 今やりたいことをやる
なのですよ。
食べ物のことだけに限りません。
今やりたい工作があれば、
お腹が‘空いていることも忘れます。
ただひたすら、汗だくになって、
黙々とそれを仕上げたいのです。
保育園に出発する時間だ?
そんなの関係ないのです。
今、自分がどうしたいのか?
これが、生きることのすべてなのです。
なるほどなあ。
娘を育てているときは、
親としての責任がありました。
小学校に入ったときに困らないように
幼稚園で、一人だけできない!なんてことのないように
食べ物の好き嫌いで、将来困らないように。
頭で、あれこれ考えてばかりでした。
それがこの子のためなんだ
なんて思っていました。
「今、この子はどうしたいのだろう?」
それを一番に考えることもできませんでした。
そうだよね。
「食」一つとっても、個体差がありますよね。
昨日、友達と喧嘩した。 心、重い。
食べることなんて、どうでもいい。
そんな子もいるでしょう。
それどころか、うーんと遡って、
前世では、
僧侶として修行を積んでいて、
殺生するものは、一切口にしなかった。
そんな子もいるかもしれません。
朝からソーセージ? トンデモナイ!
4歳の標準として、一日に
タンパク質○g 緑黄色野菜○g
そんなふうに、
一律で割り出せるものではありませんよね。
個体差があるのです。
それより何より、
子どもにとっては、
「今 どうしたいか?」
これが、生きることのすべてなのです。
「○時だから、こうしましょう」
そうはいかないのですよ。
学校では、45分、そして90分 椅子に座る
これに慣れさせられました。
大人になったら、
9時から17時まで任務に着く
これに慣れさせられました。
そんなこんなをしているうちに、
すっかり忘れてしまっていましたよ。
人は、いくつになっても、
「今、自分はこれがしたい!」
この気持ちが、生きるすべてなんですよね。
子どもだって、アラカンだって
それが、「生きる」ということだったんだよね。
がんばっている人も
がんばれない人も
がんばらないようにがんばる人も
今日も、ありがとうございます。