みなさん こんにちは。
東京は曇り空です。
お昼過ぎから雲が厚くなってきました。
雨が近づいているようです。
今年は春から初夏と
週末に雨が降ることが多いですね。
さて
ご近所で外壁の塗り替え工事をやっています。
我が家の前の道路はとても狭いのですが、
なんと両通行なのです。
ゴミ収集車が通る日は、
車も自転車も脇に避けて待機しています。
その道路に
工事のための業者さんの車が一日止まっています。
今日は燃えるゴミの日なので、
車の渋滞が起きていました。
工事を依頼しているお宅の車寄せには
自家用車が入っています。
余計なお世話だな と思いながらも、
「どうしてご自分の車をパーキングに移動して、
業者さんの車をそこに入れないんだろう?」
不思議に感じてしまいました
我が家の車に不自由がある訳でもなく、
すぐお隣さんという訳でもありません。
私が気にする必要もないのです。
なのに ついつい思ってしまうのですよ。
ご近所さんがどうのこうの じゃないのです。
ジ ブ ン のことなのです。
そんなこと 気にもしない人、いっぱいいるのに。
60歳になっていたって
そんな人 いっぱいいるのに。
どうして私はそんなことが気になるんだろう?
うーむ。
やっぱり幼少期の頃に遡るのかなあ。
昭和の時代に育ちました。
「人に迷惑をかけてはいけません」
「人に優しくしましょう」
家庭でも幼稚園でも学校でも、
そういうことが重視されていたように思います。
自分のことより、まず人様のこと。
いつも 周りと歩調が合っているか?
人様にご迷惑をかけていないか?
知らず知らずに
人に後ろ指を指されるようなことをしていないか?
誰ともなく、いつも監視されているような
そういうのがあったように思います。
自分のことはいつも後回し。
子どもが生まれて子育てが始まりました。
“先生はうちの子をどう見てるのかな?” とか
“よそのお子さんと比べてどうなのかな?” とか
そんなことばかり気にしていたように思います。
今、この子はどんな気持ちなのかな?
今日一日 ハッピーだったのかな?
この子は何をやりたいのかな?
それが一番大切なことだったのにね。
もう お箸上手に使えないと とか
もう 夜もパンパース卒業しないと とか
この子がやりたい事じゃなくて
やらせなきゃいけないこと
そんなのばかりやってきたような気がします。
今、娘が4歳になるおちびさんを育てています。
私は客観的に見ている立場です。
娘はおちびさんの気持ちを大切にしています。
私の子育てはあんなふうだったのにね。
そっか。
反面教師として
ちょっとでもお役に立てたんでしょうか。
それならそれで
まあ、いっか。
でもね、
そういうのを見るたびに
“私は 至りませんでした“
ぺこり。
そんな気分になるのですよ。
代々繰り返されていく母と子の関わり。
こうして代を重ねるたびに
進化していくのでしょうかね。
うーむ
感慨深いものですね。
がんばっている人も
がんばれない人も
がんばらないようにがんばる人も
今日も、ありがとうございます。