みなさん こんにちは。


東京は薄い雲に覆われています。

今朝は冷え込みも弱くて、

陽射しはないものの暖かくなっています。




さて

今朝、散歩の途中で

ビーグルちゃんにお会いしました。

嬉しくて、ちょっと一緒に遊ばせてもらいました。



16年と8ヶ月一緒に暮らしたビーグルがいました。


猫派だった我が家に

初めてやってきたわんこでした。



ビーグル犬っていうのは、

わんこ初心者が飼うのは、無謀!

これを知ったのは、

飼い始めた後でした。



いやあ、大変でした。


とてつもない食欲で

とてつもない好奇心

やんちゃで、甘ったれ上手で


家の中はめちゃくちゃになりました。



何より

“自分はこれをやりたい!“

その気持ちが決してブレないわんこでした。



パピーのしつけ教室にも通いました。


でも、生来の

“やりたいことは、どうしたってやる“

“やりたくなきゃ、どうしたってやらない“

この魂は不滅でしたね。



私は、

「こうしなくてはいけない」

「これはやってはいけない」

これに、しっかりとハマって育ったタイプでした。


当時は子育て真っ最中だったので、

この体験は、

娘への接し方にも良い影響を与えてくれました。




今、娘一家の3歳のおちびさんとお留守番中です。


今になって、

ビーグルが教えてくれた命の育て方が、

よーくわかるような気がします。


自分の子育て中と比べて、

客観的に見られるようになったのでしょうね。




命はね、

どんなに小さくたって

わんこだって、花だって、

「こう生きたい」

決めてきたものがあるのですね。



どんなに早くから躾けても、


どんなに良かれと思って

水や肥料をたっぷり与えても、


どんなに早くから

公文や七田式教育を与えても、


その命がね、

こうなりたいと思わなければ、

すべてがいつの間にかスルーしてしまうのです。



強いチカラで矯正しようものなら、

初めのうちは

いい感じにまとまったように思っても、

忘れた頃に、

バカっと大きな反動で爆発したりするのです。




命っていうのは、

その命そのものが

「変わりたい!」

そう思わない限りは変わらないのです。



カレシやカノジョや、

つれあいさんもそうですよね。


お相手を変えようと思ってもだめ。


どうしても関係を変えようと思うなら、

自分のほうが関わり方を変えるしかないのです。



その人が自ら変わろうと決めない限り、

その人が変わることはありません。



相手がおとなですからね、

“30過ぎたら、もう無理ね“

“遅すぎる”

とか

“育てた人が違うから無理ね“

とか 

思いますよね。



でもね、

子どもだってわんこだって同じなのですよ。


命という命はみんな同じなのです。



その命がそうしようと決めない限り、

決して変わらないのです。




パピーのしつけ教室で学びました。


“犬が自分からそうしたいと思うように

誘導すること“


これなのですよね。




娘一家の3歳のおちびさんは、

いつもやりたいことがあります。

いつも興味のあることを見つけます。



そういう、エネルギーの塊のような命に向かって、

食事やお風呂へと導いてあげる。


これは、なかなか苦労しますよ。

つい、怒りたくなります。




小さい命が、

自らそうしたいと思うように導いてあげる。


そのためには、

こちらはいつでも、もうひとまわり大きな器を用意して、

一段高いところから、

大きく見ることが必要です。




親という字は、木の上に立って見る と書く。


こういうことだったのでしょうね。



子どもと同じ土俵から見れば、

ついついイラっとしてしまいます。



親の器の大きさ と

親の立ち位置の雄大さ。


これが求められる

そういうことですね。




元気いっぱいにグイグイとリールを引っ張って、

ママをゼイゼイ言わせてるビーグルちゃん。


この子と会えた朝に、

大切なことをもう一度教えてもらいましたよ。





がんばっている人も


がんばれない人も


がんばらないようにがんばる人も



今日も、ありがとうございます。