みなさん こんにちは。
東京はよく晴れていますが、
ときおり暗い雲に覆われます。
急に強い雨がやってきそうな感じです。
湿度も高くて暑いです。
夜だけでも、
エアコンなしで眠りたいですね。
さて
この暑さでジャングルのように伸びた雑草を、
少しずつ刈っています。
ピンポーン!
ご近所に宅配便さんが来たようです。
ガチャ!
ドアが開く音がしました。
そのとたんに
ママと宅配便さんのやりとりの後ろから、
「わああーっ!」
「ガシャーン!」
お子さんの声と、
何かがぶつかるような音が、
一斉に溢れてきました。
ガチャ!
ドアが再び閉まると同時に、
あの騒ぎがピタッと聞こえなくなりました。
しゃがんでいた腰を叩いて伸ばしながら、
思いました。
「ドアって、すごいな」
ご近所さんには、
小学校1年のお兄ちゃんと、
もうすぐ3歳の妹ちゃんがおいでです。
お兄ちゃんは学校でしょうから、
妹ちゃんの声だったのでしょう。
二世帯住宅になっている娘一家にも、
3歳になったおちびさんがいます。
とにかく声が大きいのです。
うれしいにつけ、悲しいにつけ、
声が大きい。
爪を切っているだけなのに
前髪を揃えているだけなのに
歯磨きしてるだけなのに
よっぽどひどいことをされてるかのように、
大きな声でギャン泣きです。
夏はどのお宅もエアコン入れて窓を閉めています。
これから秋になって窓が開くと、
ご近所に響き渡るなあ。
気がかりでした。
ご近所さんのお子さんは
静かでいいねー。
そう思っていましたが、
やはり、
なかなかオニギヤカだったのですね。
ドア1枚で、
遮音のチカラはすごいものだ!
ドアにも窓にも感謝したくなりましたよ。
平成時代に娘を育てました。
昭和の子どもと、なにか違ってるなと感じました。
そりゃあ、
パソコンがやってきて、スマホもやってきて
何もかも変わりましたからね。
当然ですよね。
でもね、
そういう外側世界の影響だけではないのです。
生まれてくる子どもたちそのものが、
変わってきているのを感じました。
そして、令和の時代になりました。
娘の子は令和生まれです。
この子や、
保育園でご一緒のお子さんたちを見ていて
思うのですよ。
さらにまた変わってきているな。
子どもはね、生まれると同時に、
周りの環境によって、
少しずつ軌道修正されちゃうのですよ。
親というのは、
人生で最初に出会う自分以外の人です。
IではないYOUの人です。
この人がいないと、
生きていけないのです。
命がかかっています。
どんなに小さいベビーだって、
やりたいこと、やりたくないこと
ありますよね。
泣いて訴えます。
でもね、親だって、
いろいろ手一杯なのです。
ベビーちゃんの要求が
満たされないこともあります。
1回、2回、3回
そういうことが続きます。
そうするとね、子どもは、
諦めるということを学んで身につけるのです。
だってね、
その人がいないと
生きていけないですからね。
大きくなるにつれ、そういうことが
別のYOUに対しても広がっていきます。
先生、友達、先輩、上司、姑とかね。
そうして、
丸くなった とか、
おとなになった とか
言われるようになります。
ところが、ですね
平成、令和と進むうちに、
子どもたちは、
諦めなくなってきてる気がするのですよ。
人が見ていようが
親がテンパろうが
自分の欲求を手放さない。
自分で決めてきた道を歩くことを
諦めない。
自分が、今やりたいと思うことを
見失わない 手放さない。
自分であることを諦めない。
そんな感じです。
小学校の先生方が、
次々と心療内科の門をくぐるのも、
なんとなくわかりますね。
こういう魂を持った子どもたちが、
狭い教室に何十人もいる。
これ、まとまるわけがありませんね。
子どもの数だけ、
この人生でやろうと決めてきたことが違うのです。
みんな、
それをやり通そうとしているのです。
教育のほうが、
今の子どもたちに合わなくなってきてるのでしょうね。
もう、前例とか、カリキュラムとか、方針とか
チカラでムリくり進めるのは無理ですね。
よいとか、悪いとか
正しいとか、正しくないとか
そういうんじゃないね。
子どもたちが
進化して生まれてきている。
まだ誰もわからない
これからの世界に適応するべく
生まれてきている。
そういうことなのだよね。
従来の教育のほうが、
今の子どもたちに合わなくなっているんだね。
政治や企業や教育や
そういったものが、
なかなか進化できないから、
天や宇宙は、
生まれてくる子どもたちを
進化させちゃった。
すごいね。
昭和生まれ昭和育ちは、
おちびさんたちを師匠として、
とにかく必死でついていく。
それっきゃ、できないね。
面白い時代がやってきましたよ。
がんばっている人も
がんばれない人も
がんばらないようにがんばる人も
今日も、ありがとうございます。