みなさん こんにちは。
東京は朝から一日雨です。
どんよりと重い空で、
午前は南東よりの風でしたが、
午後は北よりの風になってきています。
さて
年齢とともに小さい文字が苦手になってきました。
こんな灰色の空の日は、
さらに、ものが見えにくいのです。
老眼鏡を使い始めた頃から、
本を読むことが少なくなりました。
メガネをかけた時、メガネをはずした時。
動体視力の切り替わりに時間がかかります。
なので、目が疲れるのです。
パソコンのブルーの光も疲れます。
パソコンやスマホの画面を見るのも、
できるだけ少なくしています。
世の中には情報が溢れかえっています。
その中から、
今の自分に必要なものはないか?
探しまわっていたように思います。
ところが
目が「もう、いやだ!」
そう言うのです。
いつのまにかごく自然に、
こちらから情報を探すことが少なくなりました。
スマホの機種替えやら、
いろいろなアップデートやら。
そのたびに対応に追われて慣れていく。
そのことにものすごくエネルギーを取られている。
そんなこともよくわかりました。
生活を便利にするための存在だったはずなのに、
それを保持するために
時間もお金も体力もかなり費やしています。
うーむ。
なんだろうね。
めんどくさくなってきました。
人生の残り時間が少なくなってきてるのに、
こんなことでエネルギー消耗しているの?
もったいなくなりました。
こちらから探しまわるのをやめてみると、
向こうからやってくることが残ります。
そうするとね、これが、
ドンピシャにピントが合っていたりするのです。
ずいぶん前に、なんとなく
「こういうのがあると いいな」
思っていたものが、手に入ったりします。
不思議なもので、
「なにがなんでも手に入れたい!」
チカラいっぱい願ったものは、
入ってこないのです。
どっちでもいいや くらいの気持ちで、
すっかり忘れていたものが来るのです。
なるほどね
軽く明るく、なんちゃってくらいのノリでいると、
必要なものはドンピシャのタイミングで
入ってくるのです。
情報も、モノも、人も
こちらから探しまわるのをやめて
目の前のやることをやっている。
そうするとね
今の自分にドンピシャなものだけ入ってくる。
知りたいことがあれば、
図書館に出向かないといけなかった。
そんな不便な時代から、
スマホ一つあればOK!になりました。
ヒマさえあれば、
手が何かを探しています。
30年前のヒットドラマの再放送が流れると、
携帯はもちろん、ポケベルすらありません。
だからこその
すれ違いや思い違いや切なさがあります。
そんな時代には、
ふっと思いついた場所へ駆けつけたら、
大切な人と出会えた!
そんなこともありましたよ。
その 「ふっと思う」
それこそが、
最上の情報だったのかもしれません。
こんな曇り空の日はね、
忘れていた 「ふっと思う」
あの極上の情報を思い出す
そういう日にするのもいいな
そんなことを思うアラカンなのですよ。
がんばっている人も
がんばれない人も
がんばらないようにがんばる人も
今日も、ありがとうございます。