みなさん こんにちは。
東京は朝から曇り空で、気温は少し下がっていますが
蒸し暑くなっています。
大雨の続く地域もありますね。
大丈夫でしょうか。
今日も、ご安全な一日となりますように。
さて
昨年 娘が出産して
おちびさんは1歳になりました。
娘一家は近くに住んでいるので
ちょくちょく顔を出します。
第3者として、客観的に見られる立場になりました。
自分が子育てしているときは、とにかく必死で、
わけがわからずに夢中でした。
この立場になって初めて
おちびさんとはこういうものだったのか!
と、改めて気づくことがいっぱいあります。
ママと一緒に 歌いながら遊んでいます。
ごきげんで きゃっきゃっと声をあげます。
そこへ、 ピンポーン!
ママが立ち上がってインターホンへ向かいます。
そのときです。
おちびさんの顔が
恐怖の顔になって、かたまりました。
ピンポーン という音が怖かったというより
いきなりママがさっと立ち上がって
自分のそばから離れた!
このことが怖かったのですね。
ピンポーンという音がしたら、
こういう一連の出来事がおこる
ということがわかりません。
わけがわからないのに、突然
ママが自分を置いていったのです。
なるほどね。
こういうことで
小さい方々はこんなにショックを受けていたんだね。
思いあたることはいっぱいあります。
手をつないでスーパーに入りました。
おとなは、当たり前のように
カートとかごを取りに行きますよね。
その動作は、いたって自然で当たり前に行われます。
でもね
さっきまでギュッと握っていたママの手が
突然 パッと離れたのです。
これだけで、
おちびさんはどれほどの怖さを感じたか。
カートを転がしてきたママが
そこに乗せてくれたときにはじめて
ほっと 安心しますよね。
でも、きっと
握っていた手をいきなり離されることは、
小さい心にとっては
とてつもなく怖いことですよね。
なるほどね。
まだ言葉もわからないおちびさんですが、
しゃがんで、目の高さになって
「ピンポンが鳴ったから
ママちょっと隣の部屋に行くね」
このひとことをかけるのが大切ですね。
小さくたって必ず伝わります。
なるほどね。
そう思ってアラカン人生を振り返ってみると、
自分の小さい頃にも
そういう恐怖がありましたね。
自分で思い出せないくらい小さい頃には
もっと山ほどあったと思います。
いつの頃からですかね。
もう、お姉ちゃんなんだから
もう、1年生なんだから
○○ちゃんはちゃんとやってるよ
そろそろそのくらい出来ないとね
いろいろな人の声や思いに翻弄されて、
今、自分は怖いのだ とか
今、自分はつらいのだ とか
そういう気持ちを感じられなくなっていましたね。
がんばったり、努力したり
そういうのが立派なことになっていました。
でもね
今 おちびさんを見ていると思います。
怖いものは怖いんだから、しょーがなくない?
悲しいものは悲しいんだから、しょーがなくない?
怖いから泣く。
これは、弱虫というよりもむしろ
正常なセンサーが稼働している証し
というものじゃない?
子どもは泣いて当たり前
子どもは泣くのが仕事
昭和の時代によく耳にしました。
ほんとだよね。
泣いてくれたから はじめて
おとなは
彼らの気持ちをわかろうとすることが出来るのです。
令和の時代です。
君たちは、アラカンになっても
大切な心のセンサーを失わずに
柔らかくしなやかに生きていってほしい。
いっぱい 泣いて
そして
どんどん 大きくなーれ。
がんばっている人も
がんばれない人も
がんばらないようにがんばっている人も
今日も、ありがとうございます。