みなさん こんにちは。

東京は朝からどんよりと曇っていましたが

昼ごろから雨が降ってきました。

 

 

 

さて、

娘が6月に出産して4か月が経ちました。

近くに住んでいるので

親子でしょっちゅう顔を出します。

 

 

 

自分が子育て中は夢中でわけがわからないまま

時が流れた感じでしたが、

今は第3者として客観的に子育てを見て

参加する立場になりました。

 

 

生後4か月に入り、

自分の意志も出てきました。

 

 

すごいな、と思うのは

母親の心のヒダをちゃんとキャッチして

おちびさんのほうが配慮していることです。

 

はじめて会った人に対応したとき とか

はじめて行った場所 とかでは

あまり大きな声では泣きません。

およそ向けのおチビさんです。

 

でもその分、

笑顔もどこかぎこちなく控えめです。

 

で、自分の家に帰ってくると、

その日のがまんした分まで

すごい音量でギャン泣きです。

 

そのかわり、おもいきり笑います。

 

 

娘が、同じころに出産した友達と話しているときに

彼女のお子さんは、あまりぐずらず

一人でいい子にしている

手のかからないベビーだということでした。

 

そのあとで

きっと私が家事やらいろんなことで

手一杯だからだと思う。

自分が騒いだら、

私がパンクするの わかってると思う。

 

 

なるほどね。

子どもというのは、こんなに小さいときから

母を必死で守っているのですね。

 

 

 

娘を育てていたときを通り越して

私が小さかった頃を思い出しました。

 

 

物心ついたときには、もう

母の顔色を読めていたように思います。

 

母が何も言わなくても、目線だけで

自ら彼女の要求をキャッチして

彼女が望んでいることをやり、

望まないことはやらないような子でした。

 

母の要求は、眉を少し上げただけで

わかりました。

 

物心つくか、つかないかの時には もう、

母を苦しめない子になっていました。

もう ここまで仕立てられていた ともいえます。

 

 

 

が、ときは流れ、

自分が子どもを生んで母になってから

 

魂の底からフツフツ湧き上がるものがありました。

 

 

もの心つくかつかないかのうちに

自分が育てやすい、

勝手にいうことをきいちゃう子に仕立て上げた

 

そんな母への怒りが湧いてきました。

 

 

反抗期もなかった自分が、

遅すぎる反抗期を迎えました。

 

 

 

母は90すぎまで長生きして、

最後まで強く、自分を曲げない人でした。

 

介護をしながらも、しっかりと

私という人間はこういう人間だったのだ と

表現し続けました。

ひとつの戦いのようでした。

 

 

結果として

母がそれを認めたとは思いませんが、

彼女が存命なうちに思いを表現できたことは、

ほんとうによかったと思っています。

 

 

 

今、客観的に 生まれたばかりの子が

育っていく様子を 毎日見ています。

 

 

子どもというものは こんなに小さくても

母をしあわせにしたいと思うのか と

感動しますね。

 

 

この小さな命が差し出してくれる愛に

甘えて、すがって

自分の所有物のようにしてしまう。

 

これは、誰にとってもほんとうに

紙一重のことです。

 

 

 

 

なにより お母さんの心がいつも安定して

明るくハッピーでいられるように

 

お母さんにやさしい世の中に

なってくれれば と思います。

 

お母さんに求めることがあまりに多すぎます。

 

 

 

母と子が軸になって

地球は少し重い頭をかしげながら

今日もまわってくれているのだから ね。

 

 

まずは、

うれしくって楽しくってルンルン の

お母さんありき。

 

で、はじめて

子どものしあわせ ありき

地球のしあわせ ありき  なのですよ。

 

 

がんばっている人も

 

 

がんばれない人も

 

 

がんばらないようにがんばっている人も

 

 

 

今日も、ありがとうございます。