みなさん こんにちは。

東京は今日も早朝の東の空に

きれいな朝日が出ました。

午後になると、

空が雲で重く低くなってきました。

こんなお天気が続きますね。

 

 

 

さて、 今日も

娘と生後2か月半のベビーが来ています。

 

 

昼間はあまり眠らなくなってきました。

また、昨日とは変わっています。

 

くるくる回るメリーオルゴールにも

興味を持つようになりました。

一日 あーうー 

なにやらしゃべっています。

 

 

自分の子育てのときは必死ですから

ゆとりもありませんでしたが、

客観的に見られる立場になりました。

 

 

 

不思議な感覚です。

 

自分の子育てを飛び越えて

もう何十年も前の

ベビーだった自分自身の姿に

重なってきます。

 

 

おなかにいたときとか、

まれには

前世のときの記憶もある

という人がいます。

 

 

 

しかし自分で思い出せるのは、

3歳くらいかなあ

お気に入りだったベビー椅子を

もう、おねえちゃんだから と

処分されたときのことです。

 

 

それ以前の記憶は

アルバムの自分の写真で

想像するだけですね。

 

 

 

そのあとも

強い印象のあったときの記憶が

パッパッと残ります。

 

 

毎日毎日これだけ変化していたのか!

という、

連続したフィルムを回すような

そんな記憶ではありません。

 

 

 

で、いつのまにか時は流れて

アラカンです。

 

 

結果 という文字がちらつく

年齢になりました。

 

 

自分は、何を成してきたのか?

 

そうするとね、 なぜでしょう

 

大臣になれたわけじゃないし

社長になったわけじゃないし

 

うーむ。

 

と、なるのですよね。

 

 

なぜでしょうね。

 

結果 = 社会的地位や富

と なってしまうのですね。

 

なぜでしょう。

いつのまにか

 

成功 = 地位や富

自立 = 経済的な自立

と なってしまっています。

 

 

 

でね、こうして 客観的に

 

生まれてただ泣いておっぱい飲んで眠る

それだけだった新生児が、

たった2か月で

まるで別人のように進化している。

 

しかも、毎日別人になっていくくらい

進化している。

 

 

そういう様を見ているうちに、ね

思ったのですよ。

 

 

これ、やってきた自分って

すごくない?

 

自分もかなり すごくない?

 

すごいことやってきたんじゃない?

 

 

 

そして、そんなすごい命をもうひとつ

生み出して育てた自分

すごくない?

 

それがあればこそ、

その命がまたこうして

すごい命を生み出した。

 

すごいですよね。

 

 

 

生まれて眠っておっぱい飲んで

それだけだったのに

 

物を持つことができて、

それを動かすことができて、

 

ひとつひとつ、

どんどんできるようになって。

 

 

 

誰もが皆 すごいですよね。

 

 

熱を出しても、体調崩しても、

昨日と今日であたりまえのように

10度気温が違っても、

 

ちゃんとこうして生きているのって

すごいですよね。

 

 

 

いつのまにか

すごい = 社会的な地位や富

になってしまいましたが、

 

誰でも、昔も今も

ちゃんとすごかったのです。

 

 

 

60年前のこんなに小さかった自分が

写真ではなくてリアルにいたんだな と

実感できた気がします。

 

 

 

どんな瞬間も、誰でもみんな

ほんとにすごかった。

 

 

運動会で一等をとった

作文で特別賞をとった

第一志望 難関校合格した

キャリア官僚 合格した

 

 

そんなひとコマひとコマだけが

すごかったわけじゃない。

 

 

長ーく くるくると巻くほど

続いたフィルム。

 

どこも切れたりせずに

ずーっと流れ続けたことが

すごいのです。

 

 

 

長ーく くるくると続く

そのフィルムの

 

すべてのコマのあなたが

すごかったのですよ。

 

 

 

がんばっている人も

 

 

がんばれない人も

 

 

がんばらないようにがんばっている人も

 

 

 

今日も、ありがとうございます。