みなさん こんにちは。

東京は曇り空の一日となっていますが

とにかく蒸し暑いです。

日没は早くなっていますが

夜もまだ蒸し暑い日が続きます。

 

 

 

さて、夏休みのスーパーは

在宅でしょうかお父さんとお子さんが

買い物に来ている姿も目立ちます。

 

 

スーパーって、 子どもが好きな

おまけつきのラムネ菓子とか

戦隊もののお菓子って

子ども目線の低い棚に並んでいますよね。

 

そして夏休みです。

 

床にぺたりと座りこんで

戦隊もののお菓子の箱を一つひとつ

見ている子が何人もいます。

 

 

お父さんのひとりがやってきて

 

もう いいだろ、それで

早くしろ

 

これには、○○が出てこないんだよ

男の子

 

もういいだろ  それにしろ

 

 

男の子は持ち上げられるように

立たされると、

手を引かれてレジへ向かいました。

 

 

お気に入りの戦闘員が載っていない

箱だったのですね。

 

 

メーカーも次々に買ってもらいたいから

メンバーをばらけて載せています。

 

 

 

子どもって

おとなが気づかないようなところまで

よく見ていますよね。

 

 

○○レッドの手首の○○が変わった!

 

二つの箱を並べて指摘したりします。

旧タイプと新しいラインで製造された箱が

両方並んでいたのですね。

 

 

 

おとながさらっと見ると

全くわからないのですが

よく見ると

細かいところが違うのです。

 

 

娘がまだ小学生だったとき

一緒に育ったビーグル犬がいました。

 

 

庭のすみっこに入ってがさがさするのが

好きなわんこでした。

 

ある日娘が

マロンの眉毛がかたっぽ ない!

と言い出しました。

 

えっ?

あわててよく見ると たしかに

左の眉毛だけ短くなっています。

 

がさがさしているときに擦り切れたのでしょう。

私のほうがよっぽど長く接しているのに

気づきませんでした。

 

 

 

子どもたちはどうして

こういうことに気づけるのだろう?

 

 

 

やっぱりね 彼らは常に

今、この瞬間に生きているのですよ。

 

今、今、今。

その都度 今 めいっぱい

ここにいるのです。

 

 

一方 おとなになってしまうと

 

あ、あれやっとかなくちゃ

あ、あさって ○○があるんだった

あ、来月の予約とっとかなきゃ

 

 

常に心はここにないのです。

 

身体はここにあるのに

心はいつもよそへ向いているのです。

 

 

いつも誰かほかの人のことだったり

いつもまだ来てもいない未来のことだったり

いつもとっくに終わった過去のことだったり

 

 

ここにいないのです。

身体だけここにいて、

心は魂は、いつも

どこかへ飛んでいるのです。

 

 

だから 目の前の今ここにある

それ に気づかない。

見えていないのです。

 

 

 

子どもはいつも 今、今、今。

 

15分も経ったら、もう

大昔のことになってしまいます。

1時間もたったら別人になっています。

 

 

子どもはいつも

今、ここに、体も魂もちゃんといます。

 

 

 

人生の最後にフィルムを巻き戻すように

人生のすべてを

走馬灯のように見てみたら、

 

なんと!

 

大切なことほど

見ていなくてとりこぼしていた!

 

 

この人生でこれをやろうと

決めて生まれてきたのに、

生まれたとたん そのことを

忘れてしまいましたね。

 

それを思い出すチャンスをくれただろうに!

 

 

それを見ていなかった

こんなにも取りこぼしていた!

 

 

 

なんてことになったら もう、

 

地団駄踏んで悔しがっても

手遅れですね。

 

 

 

日本の足で しっかり立って

今何が見えているのか

今何が聞こえているのか

しっかり感じていないと

 

あっという間に流されて

終わってしまいます。

 

 

 

子どもたちのように

箱のウラ一つひとつひっくり返して

よーく 見ていかないと

 

とりこぼしてしまいますね。

 

 

 

がんばっている人も

 

 

がんばれない人も

 

 

がんばらないようにがんばっている人も

 

 

 

今日も、ありがとうございます。