みなさん こんにちは。

今日も東京はものすごい暑さです。

連日の猛暑で、お昼を過ぎるころには

街は人影もまばらで静かですね。

 

 

 

さて、

娘が出産して里帰りして、1か月。

 

新生児を迎えて大騒ぎの日々がすぎて

今日は生後1か月健診でした。

 

今日で新生児を卒業して

外出できるようになります。

 

 

 

毎日毎日、昼も夜もなく

3時間ごとに起きて、泣く、泣く。

 

 

何人ものおとなをバッタバッタと

なぎ倒して

必要なものは必ず奪い取って

どんどん大きくなって、

進化していきます。

 

 

おなかにいるときから、

 

お母さんのカルシウムが

足りていようとなかろうと

 

お母さんの血の濃さが

足りていようとなかろうと

 

おかまいなしに自分に必要なものは

取っていきます。

 

 

 

生まれたら生まれたで

おとなが昼間仕事で

疲れていようがいまいが、

自分の生命リズムで

まわり中をひっぱりまわします。

 

 

 

小さいころ、下に弟や妹が生まれると、

もうお姉さんだね、と言われました。

 

18歳 高校を卒業すると、

もうオトナ ということで

児童向けの公的な援助は

なくなりました。

 

20歳 成人式で、もう立派なオトナ

と、言われました。

 

そして結婚。

親の戸籍から抜けて、いよいよ

本当に独り立ちとなりました。

 

 

 

が、ふと考えると

いくつになっても 自分

あの5歳の時にブランコこぎながら

流れる雲を見ていた

あの時の自分と

何も変わっていないじゃない

と、思いました。

 

 

 

オトナっていうのは、

18とか20とか 特別の年月で

なるものでもないし、

 

所属が次に進むことでも

なさそうでした。

 

 

 

じゃあ、いつからオトナだったの?

 

 

アラカンになってはじめて

わかりました。

 

 

子どもではいられなくなったときかな。

 

 

子どもが生まれたとき。

 

自分の子どもが生まれたのです。

自動的に自分は

子どもを育てる側です。

 

 

この時かな? と、

娘が出産して新生児を迎えるのを見て

今さらながら 思いました。

 

 

 

自分が子どもではいられなくなった時が

オトナになったとき。

 

 

子どもをもつということだけでなく、

人によって違うでしょう。

 

もう、子どもではいられなくなった!

 

と、自分で自覚したときから

オトナなのです。

 

 

 

新生児を見ていると、

身体は小さくて

生きた年月はほんの少しですが、

その魂の有りようが、

とうに、自分を超えているな と

思う瞬間が何度もありました。

 

 

 

もしかしたら自分だって

子どもが生まれなくても

何か特別なことがなくても

 

最初から

オトナだったのかもしれません。

 

 

 

ただ、そのことを自分で自覚する

 

それが、その時だった

というだけなのです。

 

 

 

だったらね、

 

ハナから 

オトナも子どもも ないのです。

 

分類する必要もない。

 

選挙権があるとか、納税者だとか、

そんなものは

もっと どーでもいいことなのです。

 

 

 

我々は 皆

 

地球に生まれたときから

完璧な命だったのですよ。

 

 

ただそれだけだったのですよ。

 

 

 

がんばっているひとも

 

 

がんばれないひとも

 

 

がんばらないようにがんばっているひとも

 

 

 

今日も、ありがとうございます。