みなさん こんにちは。

東京は曇り空です。

朝起きた時に、5日ぶりに

雨が降っていませんでした。

それだけでうれしくなってしまいます。

水の被害が心配です。

 

 

 

さて、出産した娘が

新生児と一緒に里帰り中です。

 

 

自分が子育てしている時は

わけがわからずに必死でしたが

今は客観的に見られます。

 

これを、責任のない立場 

というのですね。

 

 

新生児から学ぶことが

たくさんあって、驚きます。

 

 

今日は、食す ということを

考えさせられました。

 

 

生後2週間を過ぎて、

生まれたときと比べると

ずいぶん体力がついてきました。

 

 

とにかくお腹がすくと 泣く。

それも大きい声で泣きます。

 

おっぱいとミルクを飲むと

お腹がいっぱいになったとたんに

もう トロンとして眠り始めます。

 

 

 

ミルクがまだ残っていてもったいない

とかは、ありません。

 

 

ミルクも、生まれた病院で使用していた

同じものをずっと飲んでいます。

 

今日は○○味がいい とか

今日はあのお店のがいい とか

全くありません。

 

毎日、同じことの繰り返し

同じ味の繰り返し で

お腹が満足したら、もう眠ります。

 

 

うーむ。

 

 

いつから我々は

 

今日は中華、今日はイタリアン

今日のおかずはこれだけか

あのお店のあれ、食べに行こう

 

なんてふうになったのでしょうね。

 

 

 

おおもとのおおもとは、

 

狩りで獲物を捕まえられたら 食す。

木の実を見つけたら 食す。

 

というスタートですね。

 

 

稲作が伝わって

食糧を保存するということが

できるようになってから、

何かが変わってきたのでしょうか?

 

 

米をたくさん持っているということが

人の優劣になってきたのかもしれません。

 

 

 

今でも野生の動物は

獲物とエサがあったときはそれを食します。

 

食べすぎるということはないですね。

食べすぎてダイエットにいそしむ

なんて、もっとないですね。

 

 

生きるために必要な

最低限を食すのです。

 

 

食べ物は、生きていくための

ただの手段ですね。

 

 

 

しかし、我々は いつのまにか

食べることが、

人生の目的になっています。

 

 

 

お金の存在も大きいです。

 

食べるために働く。

食べるために稼ぐ

 

食べること=お金

になっています。

 

いかに贅沢なものを食すか、は

そのまま

その人の富のステイタスのようですね。

 

 

うーむ。

 

生きるための

ただの手段だった食すという行為は、

いつのまにか

人生の優劣を左右する目的に

なってしまいました。

 

 

おっぱいとミルクで大満足で眠る

小さな新生児を見ながら、

食すことに、食べられちゃっている

そんな気がしてきました。

 

 

そして

エステとダイエットとジムが、

盛況です。

 

 

うーむ。  

 

なんか、ね。

 

 

 

がんばっているひとも

 

 

がんばれないひとも

 

 

がんばらないようにがんばっているひとも

 

 

 

今日も、ありがとうございます。