みなさん こんにちは。
東京は今日もいいお天気です。
昨日までの真夏日から
ちょっとラクになって
風も気持ちいいです。
明日あたりから、やっと
梅雨の気配になってきそうですね。
さて、アラカンmotherは、
ビーグル犬の散歩をしていたときから
20年、早朝の散歩を続けています。
大人はなかなか一人になって
何も考えない時間がとれないので
とても貴重な時間です。
今は日が昇るのが早いので
5時半くらいに出ますが、
都立公園にはもう、
いろいろな人が来ています。
太極拳をする人、ヨガをする人、
トランペットの練習をする人
逆上がりの練習をする親子。
なかでも多いのは声を出す人です。
それから 踊る人です。
フラダンスの練習
あえいうえおあお 発声練習
マントラみたいなのを唱える
公園を抜けて住宅街へ出ます。
まだ6時ですが、早く出勤する
会社員の自転車とすれ違います。
これがまた、かなりの確率で
歌っているのですよ。
すれ違う瞬間は
ボリューム オフになりますが、
すぐに大きな歌声が聞こえてきます。
うーむ。
思うのですよ。
人は本来、
大きな声で歌う生物なのかもしれません。
もうひとつ。
踊る生物なのかもしれません。
旅行や用事で
誰も乗り降りしないような駅に
降りたとき
1台もいないタクシー乗り場が
あるばかりでコンビニはもちろん
お店も全然なくて。
なのになのに
待合所の2階にダンス教室の看板が
出てたりしませんか?
え?こんな街にも?というところにも
なぜかダンス教室はあったりしませんか?
人には、歌って踊ることが
必須 なのかもしれません。
これは本能の範疇ですよね。
その昔 レムリアのころは、
言語はなかったといいます。
うーあー という発声だったんでしょうね。
そして リズム。打つ音。
打楽器はあったのかもしれません。
歌う、踊るということは、祈りとともに
必須のものだったのかもしれませんね。
なんのてらいもなく、ただ心のままに
声を出して体を動かす。
自分を表現するということは
こういうことなのでしょう。
どうしても勝手に声が出て体が動く。
本能ですよね。
学生時代の文化祭だって
その延長にすぎません。
つまりは身内同士の
自己満足みたいなもので、
その親族あたりが写真撮って盛り上がれば
それでOKですよね。
そう思ったら、花をきれいに咲かせたり、
ビーズでピアスを作ったり
ケーキ焼いたり
インスタに載せるためであっても、
基本的に自己満足ですよね。
自分を表現する=自己満足
これで十分OKです。
そこにお金がかかわってくると
自己満足では済みません。
うれしくて、表現した。 以上。
では済みません。
やっぱり数字が欲しくなります。
評価を、数字で見たくなります。
自己表現ではなく他者表現に
なっていきますね。
自己満足ではなく他者満足です。
世界的な大きなスポーツイベントも
もともとは、愛と平和の祭典。
ただ走ることが、跳ぶことが
うれしくて。 という
自己表現。 自己満足で
よかったのですね。
そこへお金がからまってきました。
もう、数字 数字。 評価 評価。
そしてお金 お金です。
すっかり他者表現、他者満足です。
ま、 プロってことですかね。
あれこれ騒がれていますが、
人は本来、
ほうっておいても、スキあらば、
歌って、踊る 生物らしい。
ならば、
あれこれ眉を吊り上げていないで
スキあらば 歌って踊って
しまいましょうか、ね。
自己表現は、自己満足
ただ それだけでいいのです。
がんばっているひとも
がんばれないひとも
がんばらないようにがんばっているひとも
今日も、ありがとうございます。