みなさん こんにちは。
東京は雲の多い空に
薄日が差すようなお天気です。
風があるので過ごしやすい日に
なっています。
さて、スーパーに買い物にいってきました。
明日からお天気下り坂の予報だからか
混んでいました。
近頃 買い物しているお母さんたちが
疲れているように思います。
レジ袋がなくなったせいもあります。
店員さんは商品をまとめてこちらに
ぐーっと押し出してくるだけで
ほかにやることがないので、
まっています。
自動支払機の操作をしながら、
エコバックに商品を
自分で詰めていきます。
しかもスーパー以外のお店では、
コンビニも個人商店でも
品を詰める作業台がありません。
店員も、後ろに並ぶ人も
じっと待っている中で
あせってテンパってしまいます。
一部のファストファッションのお店のように
商品全部をかごに入れたまま
すべて、ピッ! と
お会計終了して 精算。
ひろーい作業台でゆっくり詰める。
というふうに徹底して統一されたら
とても便利になるのでしょうね。
なにせ今はA.I.も無人化も
まだ大いなる途中の段階ですから
とにかく日常の買い物が疲れます。
おまけに在宅や、学校リモートで、
家族が一日家で食事したりするので
買い物は以前より
回数も量も多くなっています。
非常に疲れます。
どうして こう、食べるということに
莫大な時間と体力とお金を
使うのでしょうね。
アラカンmotherは3日間ほど
体調を崩して胃が受け付けるものしか
食しませんでしたが、
全然大丈夫です。
それどころか
意図したわけじゃないけど
プチ断食を体験してみましたら
肌は一皮むけてつるつる。
食べてないのにたいへんな快便で
すっきり。
働かざる者 食うべからず とか
働かないと食べていけない とか
命=食べること が
当然だと思ってきました。
が、よく考えてみたら
今日は肉。 今日は魚。
今日は中華。 今日はアジアン。
とかまで、食に命をかける必要って
あったの? と思います。
旅行にしろ、友達に会うにしろ
おもな目的は、食 ですね。
観劇にしろ、ショッピングにしろ
その後の食が、必ずつきものですね。
なんだか、食というお化けにずーっと
オシリをせっつかれて
ほら働け、ほら稼げ! と
言われてきたような気がします。
女性はことさらですね。
長い歴史の中で
ただ食べるということのために
女性たちはどれだけの労力と時間を
もくもくと捧げてきたのでしょう。
今はコロナです。
飲食店が矢面に立たされて
つらい思いをしています。
その余波はしわよせのように
家庭のお母さんの背中に
ずしっとのしかかって
スーパーで買い物する人、
街の商店で買い物する人、
なんだかみんなしんどそうです。
生きること=食べること
我々は食べるために地球人として
降りる決心をしたのでしょうか。
うーむ。
アラカンmotherは30年の主婦業を経て
思うのですよ。
もう、よくない?
食べたきゃ、食べる。
食べたくなきゃ、食べない。
必修じゃなくて趣味みたいなので
よくない?
一人ひとり生まれてきた目的が
違うのだから
今食べたいものも、違うでしょ。
年齢、体型、今のメンタルも
今日の活動量も、違うでしょ。
それを、お母さんが作った夕ご飯
いただきまーす! と
皆で笑顔で食べるというのも
けっこうムリありますよね。
冷たい味噌汁を おいしい!と食してる
ドラマじゃあないんだから。
よーく考えてみたら
たいして食べたくない日もある。
時間が来てベルがなったら食べる という
学校や工場や会社のリズムに
生体のほうが馴染んでいただけかも
しれないですよ。
人は工場や学校ではありませんからね
12時に食べたくないこともある。
うーむ。
主婦業に飽きてしまった
わがままなアラカンmotherとしては、
地球が変化していって
人もあまり食べなくてもよくなっていく。
または、
一粒で1日分のすべての栄養を
摂取できるサプリができて、
あとは、趣味で食べたい人は
食べたいものを食せば OK!
と なる。
なーんてのは、いかがでしょう。
買ってきた品物を冷蔵庫にしまいながらの
妄想 っていう感じです。
がんばっているひとも
がんばれないひとも
がんばらないようにがんばっているひとも
今日も、ありがとうございます。