みなさん こんにちは。
東京は朝から雨です。細かい雨で
髪にも体にもまとわりつくような雨です。
もう梅雨の気配を感じますね。
さて、コロナも2年目を迎えて、不要不急の
外出をせずにステイホームの日々も続きます。
不要不急ではない外出だけをしていると
ふと思います。
不要不急じゃない用事って、結局
○○しなければならない 用事ばかりじゃない。
すごくやりたいわけじゃないけど
生活のためにやらなくてはいけないこと。
どちらかというと相当やりたくないけど
つきあいがあるから。
慶弔のことだからね、しかたがない。
許された行動って、
たいしてやりたくないこと なのです。
で、もっと考えてみると
もしかしたら60年間のほとんどが
コロナでございました と
同じようなものだったんじゃない?
コロナ コロナ コロナ ちょっと不要不急
勉強 受験 資格 ちょっと遊び
仕事 家事 つきあい ちょっと遊び
仕事 育児 介護 ちょっと遊び
こんな感じですよね。
努力 根性 粘り強さ たまにちょっと開放
とも言いますね。
えっ?
じゃあ ワタシの60年は何だったんだ?
たいへんだ。
私はずっとコロナだったのか?
これはたいへんだ。
さすがにアラカンmother
戦争は体験していませんが、
もしかして戦争中の時代から
根っこのところはたいして変わって
いなかったのかもね。
コロナって、ただ感染症というよりも
もはや地球ごとまるっと戦争状態みたいだなと
思っていたのですが
なんてことか、とっくにずっと今までも
戦時中みたいなものだったのですか。
でもね、思い出しました。
生前 父は戦時中の話は
あまりしなかったのですが、ある日
戦争中でも若い人たちは防空壕の中で
恋をしていたものだ
と言いました。
たとえ不要不急で
がんじがらめになっているようでも
やっぱり人のハートは、うれしくて
楽しくて るんるん を
ちゃんとやっているんですね。
その時間は ねばならないこと に比べると
とても短くても、その密度は
ケタ違いに大きいでしょう。
バイト先の飲食店がシフトを減らしていて
若者はお金がなくなっている
とききます。
でもまた、お金がないから古着が流行っていて
300円持ってお気に入りのをさがして
自分オリジナルのおしゃれを楽しんでいる
とききます。
今年流行のブランドショップの洋服は
売れ行きが落ちたかもしれません。
けれど皆、あてがわれた流行を飛び越えて
自分ならではの境地を探し始めました。
たとえ防空壕の中でも恋をしてきた
若い感性が
今だってやっぱりどんな状況だって
うれしくって楽しくってるんるんを求めます。
だからね、まだ地球は大丈夫。
もう古くなってゴワゴワになっているのに
脱ぎ捨てられなかったものが、
少しずつ剥がれていっているだけですね。
新しい息吹は、ちゃんと、いつだって
ルンルンと育っているのですよ。
がんばっているひとも
がんばれないひとも
がんばらないようにがんばっているひとも
今日も、ありがとうございます。