みなさん こんにちは。

 

よく晴れた祝日です。

また、南風の強い一日となっています。

この春からとにかく風が強い。

雨も降ると、嵐になります。

洗って、洗って、洗うのでしょうか。

 

 

 

さて、娘が結婚して戸籍から卒業しました。

やっと子育てのお役目が終了です。

その娘がもうすぐ母になります。

 

スイカのように丸くなっていくお腹を見ていると、

自分が子育てしていた月日が思いおこされます。

 

 

 

母はとても厳しい人でした。

戦争を知っている世代でしたからね。

強い人でした。

 

 

こうあるべき。

こうであってはならない。

という教えが、小さいころから、というよりも

もうお腹のなかに居るころから しっかり

インプットされた感じでした。

 

 

細胞の中まで染み込んでいましたから、

違和感すら感じずにそれなりに生きてきたのですが、

自分が母になりました。

 

そしたらナント、体の奥の奥のほうからフツフツと

ワタシのような子どもに育てるものか!

という気持ちが湧き上がってきました。

 

この子と一緒に母の支配から解放されるのだ!

というトンデモないエネルギーが湧いてきました。

 

2世帯住宅でしたから、当の母の目の前で

自分がやってほしかったことをやってあげよう

自分がやってほしくなかったことはやめよう

 

まあ、宣戦布告 みたいなものですね。

 

目の前で この子育てを見ている母の気持たるや、

いかばかりか。

今は、ちょっとわかります。

 

自分の一生を否定されたようなものですよね。

そりゃあ、頭にくるでしょう。

 

 

 

そうこうするうちに子どもはどんどん育って、

因果 でいえば、 因 は終了して、

さて、その結果実った果実を愛でる時期となりました。

 

で、、どうかといえば、

やはり親が力を入れたところは良く実り、

親が力をかけなかったところは、実りはまあまあですね。

 

まあ、当然のことですよね。

 

 

自分のときの反動で、反対側に偏りの見られる特色がある

というのも、まあ、当然ですね。

 

 

評論家さん、学者さんが正論を述べるのは簡単です。

しかしですよ、やってみてごらん!

 

たった何十年ぽっちの人生で、せいぜい何回かの

経験しかない子育てです。

しかも兄弟といっても、それぞれに全然違う目的をもって

生まれてくる、違うテイストの果実ですよ。

 

 

まんまるで非のつけどころのない、

特秀のシール貼れるような、タカノゆき決定の果実なぞ

育てられるわけがない。

 

 

その子が母になったときに

あんなふうな子育てだけはしたくない!

と、きっと思ったりするでしょう。

 

そして今度は違う側がちょいとゆがんだ

別のタイプの実が成ることでしょう。

そして今度その子が母になったときに。

 

 

ということを7回くらいも続けたら、

ゆがみもへこみも、なんとなく均等になって

あら、おいしいじゃない!

なんていう、タカノブランドの果実がやーっと

誕生するかもしれないですね。

 

 

 

悠久の宇宙から見たら、瞬きもできないくらい

あっという間の、

たった何十年ぽっちの人生です。

そこでイッキに特秀シールを貼られなくても

ま、 いいじゃないの。

 

 

あっという間の、たった何十年の出来事なのだから、ね。

 

 

7代くらい先のその世界に、今生きている自分のエッセンスも、

ちょっとは役に立っているんじゃないか と思うのですよ。

 

 

 

 

がんばっているひとも

 

 

がんばれないひとも

 

 

がんばらないようにがんばっているひとも

 

 

 

今日も ありがとうございます。