みなさん こんにちは。
昨日の雨と風ですっかり洗われて
気持のよい快晴になりました。
暑いくらいですね。
さて、アラカンmotherが若い頃、
インベーダーゲームというのが流行りました。
1回やってはみたものの、あまりに下手で
これは才能ないワ と思いました。
娘が生まれてポケモンゲームなどをやり始めたとき
再びやってみたりしましたが、
やはりどんくさくて ムリでした。
今はゲームというものはやりません。
アラカンまで生きてくると
1週間くらいモンモンとする中間テストやら、
1か月くらいずきずきする失恋やら、
そういう一時の病のような程度のものから、
人の生き死ににかかわる重いものまで体験しました。
振り返ってみると、地球の人生というのは、
困難とか苦しみの体験が、圧倒的に多いですね。
もちろんしあわせな体験もいろいろあるのですが、
振り返ったときに出てくる映像は
たいへんだった! ものが多い。
これは、ブルーな感じにとらえているのではありません。
むしろ、
生きることはしあわせなことであるのは、当然!
もっとレアな、苦労とか努力とかっていうものを
体験してみたい!
という好奇心で、地球に生まれてきているのだな、
と思うのですよ。
ゲームのようにね。
くわしくはわかりませんが人がやっているのを見ると、
ゲームって、次々来る敵やら困難をクリアしていって、
やったー!
に到達していくものじゃないですか。
べつにそのたびに
どうしてワタシばかりこんなに苦労が続くんだろう
なんて、鬱になったりしないじゃないですか。
ただそれをうまく避けたり 戦ったりすることを
楽しんでいますよね。
やられた! ゲームオーバー。
ああ、この人生、不幸しかなかったわ とか言って
未練タラタラで地縛霊になったりしません。
ちゃらっと再起動して、はい。次! ですね。
もしも 大変だったー の体験ばかりの人生で
天にもどったとしても、
ああ、苦労ってこういうものね というゲームが
終わったということです。
次はもう、ラクでしあわせばかり で行こう!
というのも良し。
より一層上級者向けの苦労ゲーム 行ってみよう!
というのも良し。
なんにしても、地球という星で
人間という体験をするゲーム をやってみたくて
生まれてきているのでしょう。
なのに ねえ。 いつのまにか
ゲーマーであったことも忘れちゃうのですよね。
人間ゲームって、コレ、やってみるとリアルに大変です。
必死にやっているうちにドツボにはまって、
いつのまにかゲームのなかの登場人物に
なっちゃっているのです。
あー、 やられたー! とかね。
きっと、ゲームオーバーして
お空にもどったときに思うのでしょうね。
あー しんどかった!
ゲームやりに行ったのに、いつのまにか
ゲームされてしまった! と、ね。
で、別にもう苦労とか根性とか、そんなレアなこと
わざわざ体験する必要もないかな、
と思うのも良し。
また、なのになのに、再びもっと上級レベルの
苦労クリアゲームに挑戦したくなるのも良し。
なんにしても、もともとは、
しあわせで楽しいことしかなかったのですよね。
わざわざ、どうしてかまた、好きこのんで
苦労とか努力とかを体験したかったのですよね。
好奇心 だったのですよね。
でね、 やり始めたらね、
いつのまにか 地球ゲームの中の ドツボ に
はまっちゃうのです。
ゲーマーだったはずなのに、ゲームの登場人物に
なっているのです。
ほんと、 困ったものです。
がんばっているひとも
がんばれないひとも
がんばらないようにがんばっているひとも
今日も ありがとうございます。