みなさん こんにちは。

 

東京では今日から緊急事態宣言が始まりました。

暖かくて、静かな日曜日となっています。

 

 

 

さて、仕事がリモートになって日中のスーパーで

子ども連れのお父さんの姿を見かけることが

多くなりました。

 

最初のうちは子どものご機嫌をとるようにしていますが、

そのうちキレて子どもを怒ったりする

お父さんもいます。

 

 

今までは、平日でしたら子どもと過ごす時間は

何時間もないです。

土曜日曜は、その時だけの家族サービスだと

割り切れます。

 

子どものゴキゲンをとって良いポイント稼いだり、

めんどうくさいことは見ないふりできました。

 

 

 

が、いよいよ毎日ずっと一緒に過ごすとなると、

わが子はこんな生き物だったのか! と

初めてわかることも多いのでしょうね。

感情的になったりします。

 

 

 

父親も母親も、こういうときにどうして腹がたつのでしょう?

 

 

常日頃、やりたくてもできないことを

子どもが目の前でやるからですね。

 

いやなことを平気で いや と言うからです。

 

自分だって本当はとっくに知っているけど

ていねいに教えてくれる人がいるから

 

ああ、そうなんですか。 ありがとうございます。

とか、言っているのに

 

それ、うちのパパ 持ってるよ

なんて、ホントすぎることをへーきで言ったり

するからです。

 

 

最初から

私も持ってますが あれってホントすごいですよね。

おっしゃるとおり。

と、ホントのことを言えばいいのです。

 

 

でもね、昭和育ちです。

地の時代育ちです。

子どもには 良い子 悪い子 普通の子 という

階級があったのです。

 

 

すくなくとも普通の子ゾーンには

入っておかなくてはなりません。

 

おとな というものになれるまでは子どもなのです。

このヒエラルキーは、絶対なのです。

 

 

子どもだって、生き延びるためには

何だってやりますよ。

とりあえずは、親や先生に見放されたら

生きていけません。

ぼーっと生きてんじゃないよ! です。

 

 

 

で、アラカンまで生きてみると、

いったいいつから おとな なんでしょう。

 

コレがびっくりするほどはっきりしないのです。

20とか数字で区切れるものでもなかったのですよ。

 

 

 

で、終わりがわからないものですから

いくつになっても 良い子 悪い子 普通の子

に縛られているのです。

 

 

 

そこへ正直に心のままに堂々と

生きようとする者なぞが現れようものなら

それがわが子であろうと ムカッとするのです。

 

 

自分だって許されなかったことを堂々と

要求してくるなんて、、許せないのです。

 

 

こんなことが代々繰り返されるのです。

 

 

だから、誰がいつどんなふうに決めたのかもわからず、

第一、何をもって良い悪い普通とするのか という

定義がそもそも存在しないような、

こんなヒエラルキーに縛られ続けているのです。

 

 

よその子どもだったら、もっと失礼のないように

配慮したり、気を使います。

会社でやっているように、ね。

 

 

けれど、自分の子どもです。

どこかで、自分の所有物なのだから

どう扱おうと自由でしょ!

みたいな気持ちになるのです。

 

 

自分だってこうして生きてきたんだから

お前だけ好きに生きられるわけないだろう!

と、なりますよね。

 

 

 

世間のせいとか、社会のせいとか 国民性とか、

じゃあなくて、結局

 

いつの時代だろうと、誰だろうと

自分の責任だったのですね。

自分で自分を認めて愛してあげているか、ですよね。

 

 

 

でもね、子どもです。 

こんなこと通用しないでしょ。できるわけがない。

 

 

 

始めの一歩 で、かかわるおとなたちが

認めて愛してあげることで、はじめて子どもは

自分の存在を確認できるし、好きになれるのです。

 

 

 

何も 親でなくてもいい。

親じゃないほうがいいことだって多いのです。

 

 

子ども時代に、できるだけたくさんの人から

何でもいいから自分のやったことを認めてもらって

ほめてもらうことが大事です。

 

 

 

でもね、もう風の時代です。

 

それが、お決まりの 良い子ワールド限定!

となってしまえば、イミがありません。

その子にしかない良さに気付いて

ほめてあげることが大切です。

 

 

 

そのことが、

風の時代が、風の時代になれるかどうかの

まさに キモになると思うのですよ。

 

 

 

 

がんばっているひとも

 

 

がんばれないひとも

 

 

がんばらないようにがんばっているひとも

 

 

 

今日も ありがとうございます。