先月に続き2回目の「歴史のまち歩き」です。
今回は島根と鳥取の県境にある「美保関」地区です。
この地区は、去年12月に「伝統的建造物群保存地区」に指定されました。
古くは733年に「出雲風土記」に登場し、
江戸時代には北前船の拠点として栄え、
1800年には大火で民家76棟が焼失しましたが、
それ以後明治・大正・昭和の建物がそのまま保存されており、
現在も観光地として栄えています。
小泉八雲もこの地を3回訪れ、三回目には一か月も滞在して楽しんだようです。
また、沢山の文豪たちも訪れ、街道沿いに多くの歌が書かれています。
旅館なども国登録有形文化財に指定されているものが多く、
歩いているとタイムスリップした感じです。
参加者は12名、2班に分かれ、ガイドさん付きで2時間余り散策です。
私の班は5名で、ガイドさんがスキを見ては歌い出す
(地元民謡・関の5本松)というおまけつきです(笑)。
そのたびにみんな立ち止まって手拍子する、なんとのどかなこと![]()
あとで聞いたところ、10年前にのど自慢に出られて、
鐘をいただいたことから病みつきになったとか。
最初にいただいた観光案内図を歩きます。
まずは波止場の常夜灯(1842年)。
そこから見える海の何と奇麗なこと!
続いて「美保神社」。国の重要文化財です。
全国各地にある事代主神を祀る「えびす社」の総本宮で、
1813年に再建されたものです。
干ばつ時に宮司が雨ごいをした「おかげの井戸」があります。
そして、メイン通り「青石畳通り」。
江戸時代末期ごろに作られたと言われ、
雨に濡れると鮮やかな青緑色に発色することからこう呼ばれているそう。
その通りの周りには今も多くの旅館が残されており、
それを見るだけでも風情があります。
本通りと海側の道路を結ぶ通路は「中鞘(なかさや)」と呼ばれ、
向こうの海が見えます。
途中寄ったお寺「佛谷寺」は、
隠岐の島に渡られた後鳥羽上皇、後醍醐天皇が船が出るまで逗留された寺で、
「吾妻鏡」にも記されています。
国の重要文化財の仏像も5躯祀ってあります。
更に八百屋お七の恋人の吉三の墓まで!
そして細い通りをずっと行くと、小泉八雲記念公園があります。
ここは八雲が逗留した船宿「島屋」の跡地で、
「知られぬ日本の面影」にも当時の暮らし、風習、夜の巷の賑わいなど
記されています。
今は、夫婦と長男一雄とのレリーフが建っています。
最後に船宿の一棟に上がらせてもらい(今は一棟貸しのホテル)、
当時の雰囲気を味あわせていただきました。
美保関は今まで何回か来たことがありましたが、
ガイドさんの説明付きだと、余計に当時の風景が思い浮かび、
八雲が気に入ったのも良くわかりました。
水木しげるロードも近いので、お近くに来られたらぜひ!








































