これまで「四神」のうち、春には東の青龍、夏には南の朱雀、秋には西の白虎を取り上げましたが、仕上げとしてこの冬は北の「玄武」について書きます。

「玄」は玄米や玄人という言葉もある通り「黒」のことです。「武」とは亀と蛇が一体となった架空の動物ですが、こちらは馴染みが薄いだけでなく、率直に言うとややグロテスクで、あまり神という印象は受けません。

ところで、四神をいろどる青、赤、白、黒の四色は古代の日本人にとっての原色でもあったと考えられます。この四色だけが下に「い」を付けると、「青い」「赤い」などとそのまま形容詞になるのがその名残りです。これら以外に、黄と茶は「色」を付けることで「黄色い」「茶色い」と言いますが、これはおそらく「白い」「黒い」と同じようにごく短く「○○ろい」と言えるからでしょう。その他の、緑、紫、紺、はたまたオレンジ、ピンク、グレーなどは、名詞を修飾しようとすれば「緑の大地」「オレンジのシャツ」など、「の」を付けるしかありません。

さて、「玄武」という言葉で私が真っ先に連想するのは、北辰一刀流(ほくしんいっとうりゅう)の開祖である江戸後期の剣術家、千葉周作が神田於玉ヶ池(かんだおたまがいけ/現在の東京都千代田区岩本町)に開いた「玄武館」という道場です。幕末には門弟6千人を誇り、神道無念流(しんとうむねんりゅう)の練兵館(れんぺいかん)、鏡新明智流(きょうしんめいちりゅう)の士学館(しがくかん)とともに江戸三大道場の一つとされました。

北辰一刀流は、北辰夢想流と一刀流中西派を融合したものとされます。坂本龍馬を始め多数の志士を輩出したこの流派は、従来の剣術につきものだった神秘主義を排し、68の決まり手を明快に伝授したうえ、面、胴などの防具の装着、竹刀による打ち込み稽古という実践的な練習方法を採用していました。習得に要する期間を大幅に短縮した画期的な発想と手法は現代剣道にも通じると言われます。

北辰とは北極星を神格化した別称です。満天の星がゆっくりと円運動するなか、唯一動かない中心がこの北極星。ひときわ澄んだ冬の夜空を仰ぎ見れば、心も身体も冴えわたるようです。