8月28日夕方、安倍首相は持病の再発を理由に辞任する意向を表明されました。

 

通算在任日数においては、日露戦争時から約十年にわたって西園寺公望と交互に政権を担った桂太郎を昨年11月の時点で上回り、ほんの5日前には連続在任日数においても、沖縄返還を成し遂げた大叔父の佐藤栄作を抜き去ったばかりでした。

 

その長期政権に対する評価として国内のマスコミの論調は、どちらかと言えば、負の側面が強調されています。特に、政権末期には不十分なコロナ対応によって景気が急減速し、看板のアベノミクスも振り出しに戻った、などと分析する記事をよく見受けます。

さらに、反・安倍派からは、「森友・加計学園」や「桜を見る会」などの疑惑や、「安倍一強」と言われる強力な政治手法のひずみなどが問題視される一方で、コアな支持層である保守層からさえも、憲法改正は達成されず、拉致問題も北方領土返還も進展しなかったことから、特筆大書すべきレガシー(遺産)が見いだせないことを残念がられているようです。

もしかしたら花道になっていたかもしれない東京オリンピック・パラリンピックが延期されたことも今となっては無情としかいいようがありません。

 

しかし、対照的に、私の知りうる海外メディアの評価は驚くほど高いものとなっています。

フィナンシャルタイムズ紙は「今後に活かすべき安倍晋三のレガシー。首相は日本に新しい発想と活力をもたらした」、英エコノミスト誌は「静かに退場する安倍晋三は強烈な印象のレガシーを残した。経済と外交を立て直しただけでなく、未来の改革の道筋もつけた」という見出しの記事を掲載しています。

 

この2つの記事が具体的な事績として挙げているのは、

国内では、

・アベノミクスは人口減少と高齢化という悪条件のなかでも成功を収め、2度の消費増税による失速にもかかわらず経済成長と雇用の改善と株価上昇をもたらした。

・女性の社会進出、外国人労働の受け入れ、社外取締役の大幅な普及などでより開かれた社会にした

 

対外的には、

・トランプ大統領がTPPから離脱した後も残った国とTPP11を、またEUとはEPAを締結し、世界の保護貿易化を食い止めるのに多大な貢献をし、日本の国際的地位を高めた

・習近平国家主席率いる中国の経済・軍事面の脅威に対抗して友好国との関係を強化した

・(にもかかわらず、)トランプとも習とも親密な関係を維持している

などの点です。

 

リベラルな立場を取ることで知られるニューヨークタイムズ紙ですら、「辞任する安倍晋三首相のレガシー」という見出しの記事の中で、憲法改正を志向し集団的自衛権行使を法制化したタカ派的姿勢やコロナ対策が後手に回った点が批判されたことだけでなく、新型コロナウイルス感染症による死者が他の多くの先進国よりはるかに少ないことや、女性活躍を推進したことなども紹介しています。

 

実は国内紙でも、9月9日付の日本経済新聞に、系列のNIKKEI ASIAN REVIEW紙に掲載されたオーストラリアのターブル前首相の寄稿文の抄訳が紹介されていました。その一部をそのまま引用します。

「彼のユーモア、魅力、そして何よりも穏やかさに感銘を受けた」

「彼は(TPPの)枠組みの経済的利益と戦略的利益をはっきりと見据え、その両方を獲得することを決意した」

「掲げたビジョンは明確だった。法の下の支配、小国が大国に脅かされず彼らの運命を追求できる、自由で開かれたインド太平洋の実現だ」

「首相としてのシンゾーの引退は、彼が長く尊敬のまなざしを浴びてきた国際社会に実に大きな空白をもたらすことだろう。あらゆる交渉において彼は心から礼儀正しく誠実だった。政界ではあまりにもまれな資質だ。」

 

毀誉褒貶は世の常であり、影響力の大きな人物ほどその振幅もまた広がりを見せるものです。

安倍晋三という確固たる意志を持った政治家が、痛恨の挫折を乗り越えて再登場し、決して順風ではない環境下にあって国内にも国外にも瞭然たる足跡を残したこと、しかし再び病魔によって舞台を退かねばならなくなったことに対し、その胸中にひそむ無念に思いを致し、かつ深い敬意を表したいと思います。