こんにちは照れ
コッタツです爆笑







なぜあんなにヒステリックで、

私をコントロールするような子育てをしたのか?








その理由を知りたくて、

ある日、母に話を聞いてみましたキョロキョロ








母は、昭和の高度成長期に入る少し前、


自由人な祖父

病弱な祖母のもとに


三番目の子どもとして生まれました。









そして、

家庭環境、学生時代…










それはそれは、

周りは、高度成長期で、

色々発展してるだろう中、

貧しく大変な生活を送っていましたガーン

(ちょっと引くくらいです…)










だから、

母親は、

『世の中は厳しいもの』

という価値観をもったのだと分かりました。










だから、

貧しかったからこそ、

妹が食べ物を残したり、

無駄遣いをすることに激しく怒った。









それは、

節約や我慢して生きるのが当たり前だった

から、

節約せず、我慢しない妹に激しく怒った。

 








(母真顔

私は、節約して、我慢できたのに、

なぜ節約し、我慢できないのだムキームキームキー‼️と。











それから、

母は、十分に甘えたり、

安心できる家庭の中で育つことができなかった。

「心を育ててもらう」

という体験が、母にはなかったと気付きました。 











母は、心を育ててもらえなかったから、

自分の子どもの心を育てる事を知らなかった。 










ただ、

ご飯を食べさせて、

習い事をさせて、

身体を大きくするのが

子育てだと思っていた。




  






だから、

私の心を育てる事が出来なかった悲しい



 







話しの流れで、

「なぜその学校に進学したの?」

「なぜその会社を選んだの?」

と母の人生の選択についても

尋ねました。








すると母は、

少し笑いながら言いました。

 






『何も考えてなかったわデレデレ

と。











(私)


ポーンポーンポーンポーンポーン‼️











その瞬間、

私の中で、母に対して抱いていた

尊敬✨

のような気持ちが、

ガタガタと音をたてて崩れていくのを

感じました。ゲッソリゲッソリゲッソリ










母もまた、

『母親に心を育てられなかった子ども』

『何も考えられない◯◯だった』

だったと。










私の母は、

世の中は厳しいと感じながら大人になり、

愛を知らないまま母になってしまった。










世の中の当たり前だからと、

何も考えずに、

結婚し、子どもを産んだ。











世の中の当たり前だからと、

子どもを産んだから、

愛を知らないから、

自分の子どもに、愛を与えることが出来なかった。











でも、自分(母)は出来ると思っていて、

思い通りにならない子どもに、

ヒステリックに怒り、

子どもをコントロールしようとした。










私の母は、

子どもの心を育てる事が出来ない人だった。








だから、

私は、心を育ててもらえず、

生きづらかったんだ!びっくり



 







と分かりましたオエー










パクチー🌿大好き




「何も考えてなかったわ。