もう24歳になるんだねー次気づいたら30歳だろうね
僕はよく生きてきたと思う。死んでいてもおかしくない人生を歩んでいたと思う。まっこれも僕の人生か。よくもわるくもね。母さんはよくうまい仕掛けをしたと思う。それは一本の包丁。僕は家から一本の包丁をジンバブエに持ってきた。それを持ってくるときに母さんは一言僕に「それを持って帰ってきてね。大切なやつだから」と言った。普段使ってないのにー(笑 母さんに逆切れして以来連絡はもちろんとっていない。もちろんだよ。あんなやつとは。けどねー気になる(笑)本当に僕はかーさんに愛されて育ったんだと思う。
その包丁は、僕が高校生の頃ドイツに行ってかあさんのために買ってきた包丁だった。母さんのために買ってきた包丁が今手元にある。そして、それを使っている。その上、持って帰る約束をした。なんというー(笑) 明日は、僕の誕生日。誕生日は、母さんにありがとうを言う日って誰かに教わった。何も求めず生んでくれてありがとうってメールを送れたら送ってやろー。なんて言われるだろ?また俺は逆切れするだろうなー(笑)
今日は、初めての僕の料理。味はいまいち。だから、パウダーソースを買うとしよう。
23歳間、がむしゃらに生きた。真っ直ぐに。誰かと同じ道を歩きたくない。そう思ってもがくように生きてきた。特にこの一年間は初めての社会人だった。プレーパークで働き始めて、自分の収入だけで過ごす歳が始まった。保険や家賃、携帯代、すべて自分で払う。ずーっと両親に甘えさせてもらってきた分だけあって、嬉しかった。収入が嬉しかった。足柄グリーンサービスで働いたり、学童で運動教室もやった。年末はディズニーランドでアルバイトをした。11月からは、カリヨンで働かせてもらった。仕事をして、収入を得ながら、僕の興味ある世界を自分の目で見てみたかった。そして、自分の手で触れてみたかった。安定だとか収入よりも、やりたいことを大切にした結果こういう道を歩いてこれたんだと思う。けど、ますとか職についてでっかい収入を得ている人の話を聴くと少し羨ましい部分もあった。だからこそ、それ以上に自由に生きようと思った。
誰よりも自由に生きて、自分の生き方見つけて、そこから収入を作り出していく。自由って魅力的な言葉だけど、覚悟と忍耐が必要だと思う。そして、理解者の存在。
社会人2年目のスタートは、協力隊の訓練だった。22歳~70歳近い人たちと65日間一緒に過ごした。ほとんどの人に敬語なんて使わなかった。なぜか対等な立場に立とうと言葉だけは、敬語を使わんって決めていた(笑)そんなかんやでトレーニングは、終わって、2週間で出発の準備をして、6月20日日本発、21日ジンバブエに到着。
ジンバブエでの約2ヶ月は、それはもうー勢いの止まらない毎日だよね(笑)
そして、今日24歳になった。14日の夜にむにゃの家に行って20時くらいに帰ってきた。1$で買った豚肉をベースに塩とこしょうで味付けをした。そして、一人カウントダウンをしようと思っていたら、ともがラムを持ってきて「これ買ったんだけど、一緒に飲もうや」と勧めてくれた。
おいしかったなー
そして、気づいたらソファーで寝てた。時間は、2時。チーン。そのままベットで寝ました。
24歳、目標は
体育の授業を導入すること
スポーツイベントを2回開催すること
ジンバブエを制覇すること(いろんな場所に行きまくる)
日本人の知り合いを50人以上増やす
ジンバブエ人の信頼できる仲間を10人作る
日本の団体とジンバブエの団体とのコラボレーションを5組作る
自分の進路の調査を始め、企業と大学を調べる
って感じかな。もっと具体的にする必要もある。
もっとぶっ飛んで生きたなー
イメージを作り出せ
そして、未知のイメージを歩むんだ
おめでとう24歳
ありがとう、かおる、みちこ、ちかげ、きよこ