人を変えようとする前に自分の中で戦争を終わらせること
考え方が違う
正義感や幸福観
というのはその人その人で違う
自分自身の見方の正しさは自分の中でしかない
自分の見方で相手を変えようとする
戦争が起きる
もし変わったとしても
また変わったものを変えようとするものが起きる
戦争は終わらない
多くの人が血を流し、死に、多くの人が仲間を失う
1/1の朝に職場の人が話してくれたことである
この話は、何かすごく僕に言われている気がした。
自分の中での戦争とは?
僕が考えるに生きる上での葛藤みたいなものだと思う
例えば
成長したい
金持ちになりたい
幸せになりたい
結婚したい
親の会社を継ぐこと
などを成し遂げる過程において
他人を見たときに、他人のことを妬んだり、恨んだり
または、自分を否定したり
他人と比較する中で自分の存在価値を見つけようとしてしまうことが問題である
それならば、葛藤がなくなれば、戦争は起きないのか?
違うと思う
葛藤をする過程においてすべてのものをすべての人が手に入れられるわけではない
自分の手に入れられなかったものを他人の中に見つけようとする
例えば、小さいころにいじめられていたから大人になって、いじめられている子を救いたい
救うという言葉自体も間違っているかもしれないが
自分の心の中の痛みが消化されていないのに、いじめっ子を助けるのは
ただその感覚に浸っていたいだけなのか
助けている自分に優越感を感じているのか
自分の中で整理したいのか向き合いたいのか
つまり、何をいいたいのかというと
生きるって意味が分からないってことだよ!
たぶんみんなはね~僕の日記を読んでいて
すごい、素敵だ、偉い
なんて思える部分があるかもしれないけど
辛そう、大変そう、無理しなくていいのに
ということを自然と思っていると思う
確かに
僕は人のためだとかいって動くことを辞めない
どんな状況にあっても
今に向き合い続ける
大志を抱いて、がむしゃらに生きる、楽しい人間だって思っていると思う
僕もそうだと思う
けど、彼に言われた
自分の中での戦争を終わらせること
を聞いて、本当に自分の声に耳を傾けているのかが分からなくなった
もちろん聞いてはいるけど、思考によって自分自身で刷り込んでいることもある
ある意味人のために生きるって楽だよ
その人のために必要なことをやればいいんだもん
僕がもっと成長するためには
自分自身と向き合う必要がある気がする
向き合うってか
自分のために動いてみること
自分のため
ってなんや?
欲求不満を出し続けること?
彼が言うには言語とか理論の問題ではない
感覚だよ
瞑想がいいぞ
と。
仏教かって感じじゃん(笑
しっかり自分を持ちたい
やってみよ
戦争はまだまだ続くさ~
焦ったらあかん
やりながら、話ながら、一歩一歩を着実に歩むんだ(*^□^*)
まずはさっあと2日の夢の国
明日のボランティア活動での子どもたちとゲーム
年賀状の返事
あっ風邪を治すこと
だね!