母の生まれた伏木にある気多大社にて
戌の日に、お義母さんから頂いた腹帯を持って安産祈願に行って来ました

郡司様が素晴らしいと言う話は、色んな方からお聞きしていて、ずっと、郡司さんのお話を聞きに伺いたく思っていました。
私は、厄払いも兼ねて行ったのですが、既に後厄で、去年が厄年だったそうです
厄年に子供を産む事は、厄落とし、厄逃れとも言われ【厄が全て落ちて幸せになる】と、母から聞いていましたが
郡司さんも言われていて孝行な子だと言われていました
産まれる前から、母を守ってくれてる子なんだなぁ…
と、お腹を撫でました
厄年の本当の意味を教えて頂き
人間は神々のわけみたまを宿す存在とされ、この世界を創造する役割を与えられていると考えられており
しかし清濁の交じり合う世界では、心身が曇る、活力が減衰するなどによって人間本来の力が阻害されてしまう
厄年は特にこの傾向が強まる年として、古くから認識されてきたそう
そこで、神々のお力をお借りして厄(罪、穢れなど)を袚い清め、本来の姿や力をとりもどし、役(役割、使命)を引き受けられるように、祈願する事が大事なのだそうです
○自分の弱点、特に精神的弱さ、肉体的弱さ(病気)が表れやすく、苦労する
○他動的に困難・不幸が訪れる、またそれらが重なりやすい
○意固地になりやすく、行動が裏目に出やすい
これを学んだ上で日々の行動をしていく事が、厄祓いの1番大切な事だから
後は、そんな祈らなくても、本当は、いいんだけどね
と、言いながら御祈祷して下さいました
後は、祈る事も大事だけど、常日頃の行動に有るそうで
二時間半もお話に花が咲いてしまいました
「義を立てる」
人は、人にしか義を立てないから上手くいかない
神に義を立てると途端に物事は上手くいくんだよとおっしゃってました
神様に儀を立てるというのは
ただ、今の現状を報告する事

上の神殿には龍神様が沢山来られるそうで
人間の気を持ち込むと神聖な場所では無くなるので
郡司様もあまり長く滞在しないようにして
社務所も下に建ててあるそうです
お祓いも人間の祭り事なので下で行われました
本当に神山として大切にされているのが伝わって来ます

とても柔らかい気だけれど、神聖な空気があるのは人の気が乱れていないからなのかもしれません

御神木がいくつか立っていて美しい…

狛犬様

早速、ご報告している母

奥の入れない場所は更に神々しさを感じます
1日、15日は、郡司さんのお話が聞けます
また、行かせて頂きたいです






























