久しぶりに看護学校時代の親友と会いました。


彼女、先月実母を亡くされました。

2年程、施設に入っておりそこでの最期だったとのこと。

コロナ5類移行後とはいえ施設のガードは硬く、臨終間近にも関わらず面会制限があったようです。


亡くなる日の夕方に彼女は母親と面会。

呼吸状態をみて、「ああ…近いな、今夜かもだな」と感じたそう。

しかしそこで待機も出来ずにとりあえずは帰宅したようです。


21時過ぎ?急変に呼ばれたのは彼女のお兄さん。

そこで呆気なく臨終となったとのこと。


信じられないのは、

彼女がお母さんの死亡を知らされたのは、その翌朝だったとのこと。


お兄さんは、

妹はもう寝ているだろうし、臨終は覚悟しているだろうし連絡は朝でいいだろうと思ったのだそう。


彼女は私に言いましたよ(正確な文ではないですが)。


「自分の仕事柄、

これまで100例以上…(もっとか?)…患者の臨終に立ち合ってきたよ。

人の最期をむかえるにあたり、そのご本人とご家族へ最善の環境作りをしてきたつもり。

人生で一番大事な瞬間だからね。

それがさ〜…、私がお母さんと別れる時ってこれなの?って。なんでこんなだった?

兄ちゃんもまさかよ。当然すぐに連絡くれると信じきってたらこれ!こんなことなら、もっとしっかりシュミレーションしておけばよかったのかな。まさかよ、まさかの最期!


彼女も嫁に出た立場で、お母様に関しては少し後ろのポジションを取り続けてきたって。

でもさー、実の娘よ。色々な場面でもう少し声をあげられるところはあげてきてもよかったんじゃ??


なんて、感じた親友のワタクシ。


ワタクシも以前のブログに書いたけど、父が亡くなった時は小さな後悔があった。

だから、仕方ないがこんなもんかと言い聞かせましたね。


親の最期、2回遭遇する。

けど、

最期にこうでありたい!というよりは、


生きている今、

まずは孝行をしたい。

その時間は、もうあまり残されていないのだなぁと。