知られざる明治時代の遊び「家鳩」と、保育士試験の保育原理や教育原理に出る最初の幼稚園保姆について紹介いたします。
保育士・幼稚園教諭を目指す学生さん、現役の皆さんには、教科書で学ぶだけじゃなく、先人たちの功績を身近に感じてほしいし、約150年前に既に素晴らしい遊びが考案されていたことはもっと知られてほしいですね。
イエバト=カワラバト、という鳩の名称のことではなく、ここでは「ハトのおうち」の意味です。
「家鳩」は明治時代に幼稚園や小学校で行われていた「遊戯」です。ダンスとも言い換えられそうですが、今の幼稚園・保育園でのお遊戯はCDやネット配信等の既成の音源を流しながら体を動かすものが主流なので、当時の遊戯とニュアンスが違いますね。現代で言うならば、自由な表現遊び、自由表現を伴う集団遊び、または集団遊び、と呼ばれるものでしょう。
メロディーをきいた第一印象は、君が代の明るいバージョンっぽい曲で、不思議な感じがしました。それもそのはず、どちらの曲も同じくらいの年代に、宮内省雅楽課の人が作曲をしたからでした。
【フレーベルの詩】
元々は、世界最初の幼稚園創立者フリードリッヒ・フレーベルが天保14年(1844年)に発行した詩集「母の歌と愛撫の歌」のうちの「Das Taubenhaus.(鳩舎、鳩小屋、鳩の家)」という詩です。
この詩集は、フレーベルが0・1・2歳児を持つ母親向けに、しぐさや歌遊びとして書いたものです。その一つひとつに彼の神秘的な世界観や、深い宗教的な信条により裏付け・意味付けされたもので、教育的な意義が含まれています。
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・鳩の家(フレーベル作 - 天保14[1844]年)
ドイツ語で「フレーベルによる注釈詩」の下に、「本文の詩」が書かれています。2名の訳を引用します。
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●鳩の家(茅野粛々 訳 - 1934年)
子どもは内に感ずるものを 外にも出して遊びたい。
鳩が遠くへ飛ぶように 子どもも外出を喜ぶ。
鳩が家へ帰るように 子どももすぐに家路を見やる。
見つけ出したものを 五色の花束に結ぶよう、家で世話をしてやろう。
別々になっていたものを 話で結び合わせたい。
そうすれば生活が全くなる。(←※訳原文のまま)
鳩の家を今開ける。
鳩はうれしく飛んで出る。
ほんとにほんとに気に入った。
緑の野べに飛んでゆく。
それでも寝には帰ります。
するとお家をまた閉める。
※注釈詩の最後の行の訳は、以下のようなことだと思います。
So wirb das Leben ganz.
「そうすれば生活が完成する/そうして人生は完全なものになる/それが生活(人生)のすべてだ/生活(人生)はそういうものだ/こうして人生のすべてが織りなされる。」
もう1人の訳詩では「生活がなごやかになる」と訳されています。
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●はとの家(荘司雅子 訳 - 1981年)
子どもは心のうちで感じるとおりを
外でも遊ぼうとします。
はとが遠く飛んで行くように、
外出は子どもを喜ばせます。
はとが家へもどってくるように、
子どももやがて家へ向かいます。
家では、子どもがみつけてきたもので、
色とりどりの花輪を編んであげ、
子どもが見てきたばらばらのことを、
お話で結び合わせてあげなさい。
そうすれば、生活がなごやかになります。
はとのお家を開けましょう
はとは喜び飛んでゆく
緑の野原へ飛んでゆく
はとはとても楽しそう
けれどもはとは帰ってくる
ゆっくりお休みするために
そしたらお家もしめましょう
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【豊田芙雄のフレーベル研究】
明治時代の日本では、フレーベルの本の中にある「歌うことに動作をつけて行わせることは、子どもの活動性を増す」についての研究が行われ、その効果が非常に上がったことから、文部省が東京女子師範学校の付属幼稚園(日本最初の幼稚園・1876年・明治9年設立・現在のお茶の水女子大学附属幼稚園)に調査を命じました。
幼稚園でこの研究にあたったのが豊田 芙雄(とよだふゆ)でした。豊田芙雄は女子高等教育の先駆者、日本の幼稚園教育の開拓者などともいわれ、日本の女子教育界発展に大きく貢献したほか、後述する近藤ハマ、松野クララと共に、日本の幼稚園保姆第1号とされる人です。当時の幼稚園は保育園的機能も期待されていました。保育・幼児教育界の超偉人ですね。
そして、宮中の雅楽部が作曲を担当して、フレーベルの詩を元にいくつかの歌ができました。その1つがこの「家鳩」です。
この遊ぶ様子の絵が、付属幼稚園の「幼稚鳩巣戯劇之圖(ようちきゅうそうぎげきのず)(遊戯家鳩の図)(Playing the Pigeon's Nest game)・明治11(1878)年頃」で、手前の女性が保姆「豊田芙雄」さん、右奥が保姆「近藤ハマ」さん、左奥が主任保姆「松野クララ」さんです。この3名が日本最初の保姆で、任命(1876年)されて2年後ぐらいの絵です。
ちなみに、日本初の主任保姆である松野クララ(ドイツ語名:Clara Louise Zitelmann クララ・チーテルマン)さんは、日本人男性「松野礀」との国際結婚第一号であり、日本初のピアノ教師でもあります。フレーベルが設立した保母養成学校でフレーベルから直接学んだ人でした。
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家鳩(豊田芙雄 作・宮中雅楽部 作曲)
いえばとの
巣の戸ひらきて はなちやる
ゆくえやいづこ 山に野に
芝生の原に 遊ぶらん
遊びてあらば かえらなん
とくかへらなん かへらずば
巣の戸閉じてん 巣の戸閉じてん
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豊田芙雄作の家鳩の派生かと思われる、バージョン違いのメロディーもありました。
家鳩(いえはと)白井規矩郎編・1893年
1. 巣の戸ひらきて 放ちやる
わが家鳩の ひと群れよ
ゆくえやいずこ 野に山に
芝生の原に 遊ぶらん
2. 遊びてあらば 帰らなん
とくとく帰れ 帰らずば
巣の戸閉じてん はや帰れ
巣の戸閉じてん はや帰れ
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【遊び方】
伝わる遊び方に違いがあるので、口承されていくうちに様々に派生したかと思われます。戸倉ハルさんの紹介した遊び方が詳しく、自由表現と集団遊びになっています。ちなみにさくら・さくらんぼの斎藤公子さんが考案したリズム遊びの元の1つの要素が、「戸倉ハルの自由表現と集団遊び」です。家鳩で自由に飛んでいくところは、リズム遊びの「小鳥のお話」に似ていますね。
動画のラストの文語体の説明は、明治時代の白井規矩郎さんの説明で、後半は1列に並んでかけっこ競争になるという、エキサイティングな遊びです。
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★フレーベルの原著(1844年)では… 坂元 彦太郎・1968年
1、2歳の幼児のために、母親が両方の手で鳩小屋の形を作り(ちょうど握り飯を握るような格好で)、指を開いたり閉じたりすることにとって鳩小屋の開閉を示すようになっている。
そして、子ども達にも、2つの手の指をうまく組み合わせるようにまねをさせる。
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★白井規矩郎・1893年
2人を選んで巣を作る役になる。
この2人は左右に1メートル弱離れて立ち、手をお互いに高く上げてつなぎ、巣の門を作る。2人が近付けば門は閉じ、離れれば開く。
そして残りの子は一列になり、この歌を歌いながら1人ずつこの門を抜け出る。
歌の2番の時は、この門から帰るが、1番目のように順番に抜けるのではなく、最後にならないよう急いで抜ける。一番最後に残ってしまった2人は、門を作る人に背中を軽くたたかれて、役交代する。
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★坂元 彦太郎・1968年
この歌を歌いながら、幼児が手を繋いで作った輪の中に、2、3人の鳩になる幼児をいれておく。
「すのとひらきて」で、繋いだ手を放す。鳩は外に出て遊ぶが、
「とくかえらなん」で、鳩は急いで帰ってくるし、輪の幼児は急いで手をつないで閉めようとする。
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★戸倉ハル・1961年
30人くらいの子どもが、互いに手をとって輪を作る。
円の中に4、5人が入って鳩になり、円の子どもは鳩の巣になって、鳩をかこむ。
・いえばとの 巣の戸ひらきて はなちやる
円周の子…しだいに外に開いて大きな円となる。
・ゆくえやいづこ 山に野に 芝生の原に 遊ぶらん
円周の子…歌いながら円を歩く。
鳩の子…両手を横にあげて鳩になり、スキップで円の外に飛んでいく。
・遊びてあらば かえらなん とくかへらなん かへらずば
円周の子…歩き続ける。
鳩の子…円の中に帰ってくる。
・巣の戸閉じてん 巣の戸閉じてん
円周の子…鳩の子を中に入れてかがんで鳩の巣を作る。/鳩に「どこに行ってきましたか?」と尋ねる。/「おもしろいことがありましたか?」などと尋ねる。
鳩の子…円の中に入る。/「浅草へ行ってきました」「上野へ行ってきました」「おうちへ行ってきました」等と答える。/「たいへんおもしろいことがありました」と答えると、鳩はかわってもよい。
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★参考webサイト
・歌声は、糞楽曲界の権威、g200kgさんのバーチャルシンガーを使用させていただきました。
バーチャルシンガー Renoid Player
https://www.g200kg.com/renoid/
g200kg - DTM / シンセサイザー / VST / WebMusic 関係の技術情報
https://www.g200kg.com/
明治の唱歌を合唱ソフトに唄って貰う107 - 16 家鳩(いへはと)
https://note.com/shimz_mi_tez/n/n7fdb908bd7b1?magazine_key=m2f7cd844067c
★参考文献
『保育遊戯唱歌集』(白井規矩郎 編・敬文堂書店・明治26[1893]年出版)
『幼児の教育 : 子ども学の源流を次世代につなぐ 55(6)』(お茶の水女子大学『幼児の教育』編集委員会・フレーベル館・昭和31[1956]年出版)より『家鳩 : 唱歌"家鳩"を千葉成田幼稚園に学ぶ』(中村 道子 著)
『幼児の教育 : 子ども学の源流を次世代につなぐ 67(4)』(お茶の水女子大学『幼児の教育』編集委員会・フレーベル館・昭和43[1968]年出版)より『「遊戯」考(上) : 幼稚園初期における唱歌遊戯』(坂元 彦太郎 著)
『母の歌と愛撫の歌』(フレーベル著・茅野粛々 訳・岩波書店・昭和9[1934]年出版)
『学校のダンス (少年少女体育全集 ; 11)』(戸倉ハル 著・ポプラ社・昭和36[1961]年出版)
『フレーベル全集 第5巻』(小原國芳、荘司雅子 監修・玉川大学出版部・昭和56[1981]年出版)