MADOさん からバトンが回ってきました。


あなたはあなたのままで


あなたは あなたの ままで
あなたがだいすき
「私達は、『あ・な・た』と呼べる相手がいて初めて、
自分の存在の確かさを感じるころができる。」
これは、心理カウンセラー田中信生氏の言葉です。



ああ、ついに来た。


最近、みんながやっているのを見て、いつか回って来るのだろうと、ここのところ、この「あ・な・た」について、ずっと考えてました。しかし・・・


ま、とにかくいってみよう!



~あなたはあなたのままで~


その1


Q1.では、あなたにとっての『あ・な・た』とは誰ですか?



「あ・な・た」ではなく、「あ^^な^^た」って感じですかね(みずちん風)


いつも目を合わせると、ニコってしたり、変な顔したり、時には泣いたり、騒いだり・・・。


でも、いつも僕を見つめていてくれる娘。


目を合わせるだけで、気持ちが分かる。


娘がいるから、この家に僕がいていい理由がある。





Q2. その人の存在から何を感じますか?



この子と血が繋がっていること。


似ている面がたくさんある。


好きなものを一番最後に食べるとか(笑)


目を見るだけで、今何をどう感じてるかとてもわかる。


半分自分から生まれてるんだもん。よくわかるよ。




Q3.何を受け取っていますか?



父親であることと同時に、娘のために何でもしてあげられるのは僕しかいないと言う自信と責任。


そして、純粋な親子の愛情。


娘は小さい頃から、お父さんが大好きで、絶対的に信頼してくれているのがよく分かる。


ママは土日の仕事が多かったから、公園デビューも僕だったし、小さい頃から僕と休みの日は遊んでいる時が多かった。


だから、やっぱりこのバトンのテーマである、僕の存在の確かさ、僕が存在しなきゃいけない理由を与えてくれている。


ママもとっても好きだけど、何だろう、なんとなくライバル心が最近チラチラしている様に感じるんだな。


女同士だからなのかな?




Q4 . そして、あなたは何を与えていますか?



うーん、なんだろう。


たくさんの愛情を与えたい。


やりたいことは何でもさせてあげたい。


たくさんの可能性を与えてあげたい。


安心感を与えたい。


困らない生活をさせてあげたい。



でも、十分与えられていないかも。



確かに、ここまで書いてきて、娘の存在によって、僕は地に根を張って存在していることをかなり実感させられていると思った。


娘がいなかったら、フラフラたこのように、飛んで行っちゃうかも。


自分の存在を実感できないかもしれないという気がする。





しかし、親としての存在だけでは生きて行けない。


この「あ・な・た」にみんなが書いているように、とは僕は書けないんだ。


寂しいことだね。


でも、「あ・な・た」という感じではない。


「ママ」もしくは、生まれ持った名前のまま。



そして、今、「あ・な・た」と呼べる人、自分の存在を確かだと感じる「あ・な・た」はいない。


それが結論。



だから、




その2



Q1.では、あなたにとっての『あ・な・た』とは誰ですか?



自分



となるのかな。


田中先生の意に反してるけど。


自分で、自分の存在を確かにしようともがいている。


俺はこれでいいのか?


どうする俺? ってやつですね。


自分で、自分を鏡に映して、自分が何者なのかを自問自答している。


ブログもその一つかもしれない。




Q2. その人の存在から何を感じますか?



孤独、不安、自信、弱さ、強さ、優しさ、冷たさ、寂しさ



孤独は小さい頃からずっと側にいた。


何故こんなに孤独なのか、やっぱり自分の中で問いかけていた。


僕は、人とどこか違う。いつも人の中に入れない、入っていく気がない。


なんで、あんな風に普通にできないのか、そんなことをいつも考えていた。


今では、人に合わせることも覚えたし、自分の見せ方もわかるようになってきたけど、根本は変わらない。




Q3.何を受け取っていますか?



何が起こるかわからない人生の楽しさ。


何が起こるかわからないけど、最終的には肯定できる結果にいつもなっていて、紆余曲折し、苦しみながらも、導かれているような不思議な感覚を味わってます。


若い頃は死にたいなんて思った頃もあったけど、今じゃ結構この感覚を楽しんでいます。


これからも、ストレートじゃなくて、紆余曲折しながら、どこかへ向かっていくのだろうな。




Q4 . そして、あなたは何を与えていますか?



自分にかあ。


やっぱり、誰が僕のことを否定しても、どんなに味方がいなくても、それでいいんだと自分だけは味方になってやれる。そういうことかな。


自分が感じるように、そうだと思うようにやりなさい。


そう、自分にはいつも言ってやれる。


自分を信じること=「自信」  「自信」は「自身」と同じ音なのだよ。


そして、「自分」は自らを(あるいは、自ずと)他人と分かつ存在。




まだまだ、続くよ。



ということで、まだ見ぬ「あ・な・た」へ



その3



Q1.では、あなたにとっての『あ・な・た』とは誰ですか?



まだ見ぬ「あ・な・た」


だけど、きっと見た瞬間にこの人だと思える「あ・な・た」にいつかで会える気がする。


きっと、その「あ・な・た」がいることで、僕の存在は揺るぎないものになるのだろうな。


もしかしたら、その時、その2の「あ・な・た」は消えるのかもしれない。


それくらいの「あ・な・た」に会いたい。




Q2. その人の存在から何を感じますか?



ものすごい安心感を感じるんだろうな。


お互いがお互いを存在するために必要としているという感覚。


相手もそう思えていないと、だめね。たぶん、それは偽者。


それだけで、何もいらなくなっちゃうかもなあ。




Q3.何を受け取っていますか?



だから、やっぱり安心感。


相手が自分を必要としてくれているという充実感。


その感謝の心。


そして、人生の楽しさ。すばらしさ。


それが、「愛」か?




Q4 . そして、あなたは何を与えていますか?



Q3と同じ気持ち。


「愛」


「あ・な・た」のためなら、どんなことも自分のことの事のように考え、「あ・な・た」のためにしてあげたい。


とても深いところで、常に繋がっているような感覚。


そういう「あ・な・た」と会えるのかあ?


やっぱ、自分の中に作るしかないかあ?(笑)




ふぅ 今日は頭使った、時間かかった、ああ疲れた。



これ、根本的な問いかけだから、元気じゃないとできないね。



「あ・な・た」って、自分を映すことができる鏡なんだと思うよ。


その鏡が、自分の姿をきれいに、しかし、そのままに映し出す鏡であればあるほど、いい。


そういう人が、「あ・な・た」なんだな、きっと。



もしよ、世界に自分だけしかいなくて、鏡も何もなくて、そしたら、自分が存在していると言えるだろうか。


頭の中で考えて、じっと手を見て俺は俺として存在できていると言えるだろうか。


その存在が確実だと思える鏡がない限り、相手がいない限りどこまでも疑いは晴れない。


哲学で言う実存の話やね。


ああ、よう考えたわ、今日は。



さ、このバトン、誰にまわそ


そこのあなた、ドキドキしてるでしょ。



最近露出狂気味なRinさん


最近恋する乙女の、ななさん


最近忙しそうなりりさん


答に大変興味深いCOCOさん




強制ではありません。上記の皆さんの中で、やれそうな方がいたらやってみて。3つも書かなくていいよ。





今日は満月、そして、バレンタインデー


Happy Valentine!


好きな人と過ごせればいいね。