ガーデンルームで2杯目のモーニングコーヒーを嗜んでいると、ヒバリの歌に混じって幹線道路を急ぐ救急車のサイレンが通り過ぎていった。街のどこかで救いを求める声に、曜日などはない。
昨日の土曜日、業務上必要な研修に参加してきたのだが、職場からの情報により夕方4時頃には終了するものと想定していたところ、なんと6時過ぎまでかかってしまった。全く、主催者の熱心な仕事ぶりにはいろいろな意味で脱帽だ。想定どおりなら、帰宅後に家族でくら寿司へ足を運ぶ段取りでいたのに、貴重な週末の楽しみも大幅な予定変更となった。従って、昨夜、精神的な疲労を背負って家の玄関をくぐったのが夕闇に染まる19時だったので、それからくら寿司となると一皿目を口にするのが20時をまわることから、家族の健康を考慮し徒歩ですき家へ向かった。ちなみに、我が家から徒歩圏内で利用できる飲食店は、他にやよい軒やかつや、ホットモット弁当などが挙げられるのであるが、6月末で有効期限を迎えるすき家のメニュー各100円オフクーポン券がまだ12枚も残っているので、選択の余地なくすき家での食事となった。すき家における頼むモノは全員決まっている。冒険や開拓はしない。席に座れば5分もしないうちにそれぞれ口に入れる注文品がテーブルに届く。

そして、概ね20分以内で席を立つ。店を出れば、真っ黒な夜空が広がっていた。

家に帰ってテレビをつけると、ちょうど「バスZ(ローカル路線バス乗り継ぎの旅ゼットの略称)」がいよいよ大詰めを迎えていた。今回の課題は岡山市の後楽園から、途中、尾道と出雲大社を必ず経由して岩国市の錦帯橋を目指す企画のようだった。ポテトチップを摘まみながら、つい食い入るように見てしまったが、実は、今から20数年前の独身時代、当番組の存在には全く気付かず、自分にも身に覚えのある路線バス乗り継ぎ旅をしたことがある。とある金曜日に午前中だけ仕事をこなし、間髪を入れずに東京へ移動して、日本橋のバス停を出発したのは夕方だったのだが、日本橋から三条大橋を目指して、路線バスと徒歩だけで、日曜日の夕方5時までにどこまで行けるかを検証してみたのだった。スマホどころか、携帯電話も広く一般市民に普及していない時代である。事前に全く下調べもせず、ポケット地図だけを頼りに、100パーセントアドリブでひたすら西を目指した。結局、静岡駅までしか行くことができなかったのだったが、苦労と失敗の連続だった旅であったからこそ、当時のスナップが今なお色褪せることなく胸に残っているのかもしれない。
と、まあ、単なる古びた個人的なアルバムの一頁に過ぎない話だが、この続きをいつか加えられたら…と、物思いに耽った一夜限りの儚くも遠い夢を、淡い光を放つ蛍の背に乗せて西へ飛ばしてみたいものである。