《帰京だエディーだとバタバタして、少々時差アリの絵日記後編》
堺の朝めしをかっ喰らって〝みやこ〟へと移ったのは金曜日のこと。
定番のルートだと、堺(南海)→新今宮(JR)→大阪→京都、もしくは、堺(南海)→新今宮(JR)→大阪/梅田(阪急)→烏丸なんてルートだが、なんだか面白みがない。スマホのmapを弄りながら「ゲコ亭」最寄りの寺地町(阪堺電車)→天王寺(御堂筋線)→淀屋橋から京阪で京都侵入のほうが楽しそうだ。
京阪は京都東山寄りで活動するにはいいが、過去の滞在でも決して利便性が高いとはいえない路線。その一方で特急車両の快適さは、なかなかのものでもある。今回は京阪利用を最優先する中で「東福寺」下車という計画を立てた。東福寺も名立たる寺院である一方で、近くの伏見稲荷は行っても中々訪れるチャンスがないのだが、京阪を使った場合、京都駅方面へはどこかで地下鉄、近鉄等への乗り換えが必要にばる。ここからだとJRも路線バスもあるので都合いいのだ。
で、京都初日は東福寺を逍遥。いわゆる京都五山の第四位とされる由緒ある寺は、古の時代には80を超える塔頭がある、おっそろしい程の敷地を有したと聞いた。廃仏毀釈などでかなりダウンサイジングされているようだが、それでも現在25もの寺が敷地内にある。相次ぐ火災の影響もあり本堂は昭和の建立だが、室町時代の山門も含めて、京都でも屈指の大型仏閣を数多く有している。その波打つような大きな甍を見れば往時の規模も思い浮かべることができる。個人的には南禅寺(こちらは京都五山の上に位置付けられる〝別格〟禅寺)の山門には、その威容さ、絢爛さと及ばないが、むしろこの寺の誇れるものは、もみじに覆われる深い渓谷を成す庭園と、それを見下ろすように造られた「通天橋」だろう。
もちろん方丈にある枯山水や市松模様の石を敷いた庭なども素晴らしいのだが、庭園が最も有難みをみせるのは青もみじと紅葉の頃。つまり、この真冬はベストシーズンではないのだ。そんな惜しまれる思いも持ちながらも、陸地の上の廊下部分も含めると100mを優に超える通天橋を歩くと、古の禅寺が持つ特有の価値を感じさせる。
「知の回廊」
これは、前に訪れた同じ京都五山の建仁寺でも強く感じたものだが、700年もの前から、この寺で、そしてこの橋と廊下を行き来しながら、禅僧たちは自分たちの生や、仏の存在、その究極の救いとは何かを日々問い続け、いまもその営みが続いている。自分もいまこの板張りの廊下を歩くことで、当代最高峰の頭脳集団であり、永年続く僧たちの知の足跡を踏みしめているのだという不思議な感覚にとらわれる。
枯山水の前で、そんな勝手な空想を思い巡らせながら2時間も逍遥すると、もうこの日の知的欲求はお腹一杯に。宿に荷物を降ろすと、早々に今度は本物のお腹を満たすために四条烏丸へ。東西本願寺の中間地点にある宿からはいい徒歩圏内だ。
堺では煮つけ三昧だった胃袋が、都で欲したのはこの地ならではの西京焼き。四条通りにも近い「さんど」は、干物とおでんが売りでもある店だが、迷わずこちらをオーダーした
やや小ぶりではあるが、この料理では規定内かなどと思いながら箸を伸ばす。カレイの煮つけとは全く異なる甘味と旨味が口の中に広がる。カレイは、その身自体の淡白さを楽しんだが、こちらは、この時季ならではの脂の載った銀鱈と西京味噌の豊穣な香りを味わった。
翌土曜日は、いくつかの寺社も候補に挙げたが、思い切って未だ〝未踏〟だった京都国立博物館へ。数年前に訪れた奈良の博物館に続き、いつかは訪れたいという思いを、このチャンスに実現した。常設展で十分という思惑だったが、縄文・弥生時代からの土器、陶器、磁器や中国の景徳鎮、朝鮮半島の青磁など、東アジアで培われてきた焼き物文化の奥深さ、繊細さや色彩感覚に圧倒される。おまけに、平安、室町など様々な時代の涅槃図や、近代までの衣類や書など、当時のアートの技術、感性の高さも存分に楽しめた。
ご存知の通り館内📷🆖のため見事な旧館の写真でお許しを
前夜の計画では、博物館と隣り合わせのようなロケーションにある神社仏閣も立ち寄るつもりだったが、前日の東福寺同様に、博物館のボリューミーな展示で、もうこの日はGive Up。この日も四条道り界隈に戻って、物欲の虜に転じた。
金土とあまり有意義とはいえない旅程だったが、明けた日曜日こそが、更に京都にいる価値も意味のないような一日に。無計画な旅程によるテキトーな衣類のパッキングが祟り、この日はニットなど防寒対策の物色に当ててしまった。自分でも苛立ちを感じつつ、夜は京都に来れば必ず食べる精肉店「弘」のミンチカツ。もう一つの名物、脂の載った厚身の鯖の棒寿司と共に堪能した。
いつも玄関口の先で壮麗な姿で歓迎してくれる東本願寺👍
そして最終日。月曜は、すこし積極的に動こうと決意して、まずは早めの昼めしで四条烏丸「京菜味のむら」へ。久しぶりになったが、ここも「おばんざい」をカジュアルにいただけるランチでは外せない店だ。京町家の中庭のオマーシュの如き小庭を前に、お好みのおばんざい6品をチョイスして、なんと¥850。前回の絵日記ではコーヒー1杯の値段で、京の味を楽しめる。背後に座った女子大生の、店と料理に全くそぐわない品の無い笑い声に辟易したが、味は裏切らない。
そこからバスで出町柳へ。すこし後回しになったが、京都では必ず訪れる糺の森を鴨社へ向かってゆっくりと歩く。社から流れるせせらぎの音と、踏みしめる砂利の音が、気持ちを和ませる。おそらくではあるが、月曜の訪問が正解だったようだ。糺の森は〝花園シーズン〟の冬場の早朝、空気がぴぃんと張り詰めた中で歩くのがお気に入りだが、正午過ぎの穏やかな陽射しの中も悪くない。
再び出町柳へ戻り、ここでも細やかなオキニをおやつ代わりに。最近東京でも流行りのおにぎりとは別物の小ぶりの角ばったようなフォルムが特徴的だが、なにより米自体が気に入って、糺の森界隈の散策には欠かせない。鮭握りとちりめん山椒を頬張りながら、次を思案する。
東山界隈はかなり訪問済の名勝が多いが、ここは京阪を活用して、金曜に断念した博物館界隈へ。七条駅から東へ向かい、博物館を横目に智積院へ。宝物館もあるようだが、ここは比較的新し目の巨大寺院を周りながら、別の寺社の〝宝物〟を観るため再び駅方向へ。あまりにも有名な三十三間堂を、修学旅行以来?訪ねてみた。
智積院からお隣三十三間堂という定番ルートをハシゴする
定番すぎる定番の寺院であり、既に観光地でもあるが、堂内の1000を超える像にはやはり圧倒される。とりわけ諸仏像の前に鎮座するように並んだ二十八部衆の肉々しさ、かすかに残る極彩色の衣装の絢爛さ、それぞれの個性に応じて微妙に色調の異なる玉眼の輝きと色合い、当時の仏師たちの技術と感性に圧倒される。
1対1対を間近に眺めながら進むと、中央に鎮座する千手観音の絢爛さがさらに引き立つ。その一方で、二十八部衆の中でも観音の四方に立つ像の一つ「婆藪仙(ばすせん)」の佇まいが異彩を放つ。もちろん、ここは撮影禁止なので、是非実物を見て欲しいが、毘沙門天や阿修羅ら他の武衆のような勇猛果敢な出で立ちではないが、何か物憂げに半開きされた瞳や、路頭に佇む物乞いのような瘦せ細った姿が目を惹く。あの中空を見つめる玉眼は何を訴えるのか…。
三十三間堂では、極寒の中、春の息吹もちらほら
あまりにもメジャーな寺院ということもあり、ここまで長く敬遠してきた三十三間堂だったが、やはり名立たる仏閣だ。見る者を唸らせる力がある。堂内巡りが終わろうとする中で、「今日の拝観はおわりでぇ~す」というアナウンス。だいぶ日も傾いてきたので、フラフラと京都駅方面へ歩を進める。旅の締めくくりは、駅八条口の細い路地にポツンと立つ〝名湯〟へ。ここのオキニはスチームサウナ。
巷でいわれるミストサウナというより、「スチーム」と呼んだ方が合っている小さなお風呂屋さん。でも、駅から5分も比較的すいていてありがたし。
京ならではの「いい水」を沸かせた湯とスチームに交互に入り、1日の彷徨の疲れを癒して、ほっかほかの体で家路についた。



















