リーグワン(D1)の〝ブレーク〟も有効利用して、真冬の関西へ。楕円関係なしのプチ・ジャーニーは、久しぶりに古都の佇まいを体感するのと、浪速での朝めしがお目当てだ。

 

先ずは「朝めし」から。向かったのは大阪。とはいえ、降り立ったのは利休の生まれた地だ。

 

ここには、何故か〝朝めしの名店〟が揃う。

大阪市内のような、よりどりの店舗はないが、朝8時閉店の庶民天ぷらの名店に、白米が〝ウリ〟の定食屋…。魅力的なメシ屋が並ぶ。

 

木曜。この旅初めての朝は、少々出遅れもあり、計画を変更。いちばんのお目当てだった「ゲコ亭」は、過去の経験では朝9時を回るとどこまで料理が残っているかという不安があった。馴染みでない方に説明しておくと、この界隈の定食屋は、昭和の時代の名残のように、店内に並べられた料理を自由に取って、白米(大概、大中小)、汁物を用意してもらうスタイル。つまり、出来上がった料理が次々に並べられるとはいえ、客が多ければ品切れの恐れもある。食に貪欲なおじさんとしては、入ってはみたがお目当ての料理が食えないのはどうしても回避したい。

 

で、プランBを選択。「ゲコ」より、やや大阪寄りの、ほぼ同類の定食屋「銀シャリen堺」へ。この店、前者ほど名立たる店ではない。浅はかな知識と勝手な先入観では、「ゲコ」のばったもんという認識だったが、今後の知見のためにも、一度訪問するのは悪くないと判断した。

 

 

 

 

店内が見えない引き戸を恐る恐る開けると、まさに町の定食屋規模の広さ。ま、4人テーブル4、5台と座敷という構成(たぶん)。カウンター席であっただろう場所には、料理がズラリと並んでいる。料理の顔ぶれは、なんでもアリ。焼き魚、煮魚、揚げ物、だし巻き、小鉢はひじきに切り干し大根、酢の物…枚挙にいとまがない。

 

この時間、ほとんどのテーブルが埋まっている。かろうじて空いているテーブルに荷物を置いてから、ブリキのお盆を手に料理を物色。ブリ照りとの最終決戦を悩みながら、より繊細な料理のクオリティーを感じられそうだと、カレイの煮つけを選んだ。その他は一汁三膳に則って小皿をピックアップした。一汁といったが、普段は汁物には関心が薄いのだが「みそ汁とあさり汁どちらにぃ?」というお姉の関西弁に、この日は迷わず「あさりで!」で、ラインアップが固まった。

 

メインディッシュ。見た目も煮汁も、関西基準では若干濃いめだが、この料理には、このくらいの濃さが合う。ただし、身の炊きあがり具合、そこまで煮汁に浸食されないかれいの淡白でア甘みのある味わいと、まさに絶品である。カウンター越しの厨房から次々に出て来る料理をちらちら眺めていると、どうやら煮つけも大小サイズがある様子。「小」を選んだことを悔やみつつも、初見の店では、なるべく多めの料理を食することを考えればやむを得ない。小さめの鉢に盛られた肉じゃがも、冷えても十分に味わい深いのも、厨房の腕前を感じさせる。

 

 

 

そして、なんといっても白米の見事さ。口に広がる甘さもさることながら、しっかりと粒が立った噛み応えがいい。既に糖質が敵となるトシではあるが、この店に関しては、全ての料理が米を美味く食わせるための枠役に成り下がる。

 

大満足の堺ブレークファーストを楽しんだ後は、立ち寄り温泉へ。泉質はとにかく、前夜の睡眠不足を解消するために、3時間ほど放心状態となりリフレッシュ出来た。

 

 

 

 

この朝、「en」訪問を決めた時点で、本来の目的だった「ゲコ」は翌朝のお楽しみと決めていたのだが、金曜朝は計画通りに5年ぶり?の再訪。店は、以前の路地に在った古民家風から、はす向かいの大通りに面した新店舗になっていた。この引っ越しは、ロケーションを考えると一見プラスにも感じられる。だが結論から書くと、むしろマイナスとなっている印象で、ややがっかり。一番の変化は店舗の位置ではなく、店内の風景だった。以前なら8時の開店からごった返していたはずが、この日は先客1人のみ。料理も以前の小皿が並んだものではなく、スーパーのようなプラスチック容器が整然と並べられていた。

 

 

 

 

様子を見ていると、朝食なのか昼食なのか、地元民らしき持ち帰りでの客もいる。そうなると、パック詰めのような配膳が効率的なのかも知れない。温め直し用の電子レンジの横にはパックから移し替えられる皿や小鉢もあったが、心情的には厨房で作った料理を皿に載せて出してくれたほうが、はるかに食指が伸びるのだが。このパック詰めは、以前の店舗に厨房があり、新店舗は食事がメーン(厨房もあるにはあったが)という影響もあるのかも知れない。

 

 

 

 

結果、店舗にいた30分あまりで食事をしたのは小生込みで2人のみ。店番のお婆ちゃんが、放心したように物憂げに外の通りを眺めていたが、客足が遠のき店の質も下がったのか、質が先で客足が遠のいたのか…。それでも、前日との味比べで選んだカレイの煮つけは、味付けに関してはそう拙くない。だが、甲乙をつければ、この地での第一候補は「en」を推さざるを得ない。双方、料理は冷えていても(レンチンね!)、炊きあがりのような白米と、しじみの出汁の利いた味噌汁、そしてふっくらとしたカレイの身と、見事な味付けの煮汁とのコンビは鉄板メニューだ。

 

唯一の「ゲコ」での救いは、婆ちゃんの思い遣りだった。料理を選んでから先払いするのだが、何気に婆ちゃんが「コレ、おまけね」と、肉じゃがの小鉢をポンと盆に乗せてくれた。帰りがけにも、お盆を婆ちゃんの所まで運ぶと、「コレ持って行きぃ」と白米の塩にぎりを手渡してくれた。ここ10年、いや20年で一番うまい握り飯だった💖婆ちゃんありがと!

 

 

 

 

そんな一泊二日の大阪南部での滞在だったが、やや元気を無くした「ゲコ」以上にショックだったのは、以前の訪問で新たなオキニのラインアップに加わった〝人知れぬ名店〟が店をたたんでしまったこと。「刀屋」というこの店は、SNSでもすこし書き残していた店だったが、どうやら一月中に閉店となったようだった。

 

SNSでも書いたが、一見も二見も何の特別感もない町の食堂といった佇まいだが、出汁をしっかりと利かせた味噌汁に、只ならぬものを感じさせた店だった。降ろされたシャッターに貼られたお知らせから、3週間前まで店は開いていたことが分かる。そこそこのお歳のご夫婦らしき2人で営んでいたので、店をたたむ潮時と判断したのだ。健康や経営上、畳まざるを得なかったのではなかったのが、わずかばかりの朗報だった。

 

失うものあれば、得るものもあり。「en」と同時に、ささやかな発見もあった。夕闇に包まれつつある時間帯に、その晩一宿の恩を供してくれた知人へ〝貢物〟をそうしようかと考えたが、誤算だったのは堺東駅に隣接する某有名百貨店が閉店していたのだ。ここで菓子折りでも買おうとイージーに算段していたが、界隈の菓子店なども、結構早めに店を閉めていることに気付いた。

 

そもそも飲み屋街はバラエティーに富んだ町だが、あまり気の利いた店などない界隈だ。道端でGoogleマップを開いて探すと、今は亡き「刀屋」から遠くない場所に営業中の一軒のケーキ店を発見。あまり店舗のない住宅街を進んでいくと、闇夜の中にポツンと明かりが灯る小さな店がみえてきた。

 

「ゆうか」

 

こんな屋号と周囲の雰囲気から、地元の主婦ゆうかさんが、趣味が高じて開店したのかとも思ったが、小さなケーキ用ショーケースと2、3畳ほどしかないフロアの店内にいたのは、いいお歳のおじさんだった。あまり狂暴じゃない森のくまさん風体のこのパティシエに〝居候先〟の家族分のケーキを包んでもらいながら、こんな会話をした。

 

「お時間かかりますか?」

 

「小一時間くらい。でも、この寒さなんで大丈夫ですよ」

 

「いやいやダメですよ。電車の中、かなり暑いでしょ。だから1時間くらいの保冷剤入れときますからね。それと、ウチのプチシュークリーム、おまけで2個入れときますから」

 

なんとまぁ、心優しき場末(失礼!)の職人さん。居候先でこんな出来事を話しながら、「いい人か悪い人かは、美味しいケーキを作る条件じゃないけど、こんな暖かく、思い遣りがあって、自分のケーキをいい状態で提供したいという思いを持った人が作ったお菓子が食べたいよね」ということだけは全員一致。小さな店内の片隅には箱やビニール袋に入った焼き菓子も並んでいた。こんな小さな店舗ながら、ご自分でケーキも焼き物も作っているとすると、やはり菓子作りへの情熱は、町中の自分の名前を店名に使うゴージャスなパティスリーになんら劣らないと感じさせる。いや、むしろこういう顔が見えるパティシエが作る菓子を食べたいと切に感じさせられた一夜だった。

 

利休を生んだ町で過ごした後は、久しぶりの古都へ。こちらは「生産性」を考えると良い旅だったか、はたまたそうじゃなかったか…。自分の中でも議論が湧く滞在となった。