▲美しいトワイライトゾーン。これぞ神話の国…神さまの魑魅魍魎も潜んでいる
宿題も1つ終わらせたので、ぼちぼち第2話を。
最初は小倉での時間を綴ったが、今回は神話の国に入国。
ムリムリ広島を経由地にしたのだが、それは定番の地元メシを食べてというgreedのため。
とはいえ、迷い迷いの旅程のため、こんなプランで揺れ動いた。
プランA 小倉→出雲or松江
プランB 小倉→広島→出雲or松江
あまりカチカチ旅程を組みたくないので、直前まで「どないしはひょ」と他人事のように確定せず。プランBのバアイ、広島滞在が伸びれば結果的に神話の国滞在は短くなる。
未知の〝国〟をどう動くか、どれくらいの時間が必要なのかという感覚がわからないため、非常に悩ましい。
結局2つの欲望の綱引きが始まった。
欲望A 未知の場所の滞在を有意義にするためには広島は極力削るべし
欲望B やはり中国地方を通過するならお好み村は看過出来ない
優柔不断なまま決めたことは、小倉の試合を終えてそのまま広島入り。
深夜帯に到着して、翌日何時に神話の国に行くかは後で決めることに。
そして結論は、あまりにもイージーに決まった。
広島に向かう途中にようやく判ったのだが、あのどデカいテッパンの上でじゅうじゅうと焼かれる小麦粉とキャベツと麺類は、夜中でも開いている店が沢山あるということ。店によっては、早朝でもいただける(つまり24時間営業)。
で、某代表祝勝も兼ねて、日付も変わろうとする流川へと繰り出した。
しかし、土曜の流川ってのは、もう世紀末のような町ね。阿鼻叫喚、酒池肉林。東京のほうが落ち着けるよ(コワイ人が多そうなので写真は🆖)。
すでにFBでアップしちゃったが、土曜深夜のテッパンカウンターに独り向き合う。
「リーチのタックル凄かったよな」などと心で呟き、ノンアルビールで細やかに乾杯。
お味のほうは「深夜にありつけたんだから文句は言えんな」と一人勝手に頷くカンジ。
でも、ここまでは本編のおまけのようなもの。
翌朝は高速バスでいざ神話の国へ。
ここでの迷いは「松江か出雲か」。
本来、この小倉→神戸ツアーの寄り道先と思いついたのは出雲大社。
だが、せっかくの島根。松江の古い町並みや水都としての魅力もあるが、何はともあれ八雲が暮らした町だ。
出雲と八雲の綱引きが頭の中で起こる。しかし、国内外を問わず小生の〝旅の掟〟はこうだ。
欲張るな。迷ったら削ぎ落すべし!
限られた時間の中で迷ったら、欲張って無理矢理詰め込み2か所に滞在するのではなく、片方で余裕を持って過ごす。結果、八雲の街は「エキストラ」として、先ずは出雲を優先した。
▲神話の国に近づくと停留所の名前も
なんだか神話かジブリ系になってきた
結果からいうと、出雲大社に限れば個人の意見としては一日あれば十分だった。
朝到着もあり、心優しいホテルに荷物を預け、その上レンタルチャリまで借りての大社詣。暑さも厳しかったが、それ以上に強烈な向かい風の中、キーコキーコと錆びついたチャリを漕ぐこと1時間あまり(40分くらいか?)で神の社へと辿り着いた。
大社のぐるりを巡ったが、正直な感想を書くと、京都を訪ねれば必ず訪れる下賀茂神社、というよりは糺の森のような張り詰めた空気感はない。そこに宿る精神性、それは実は土地でも造形物そのものに宿っているのではなく、そこを訪れる、とりわけそこを信仰の場として足しげく通う人たちが生み出す空気感なのだが、そのような精神性は、この世界に名立たる社からは感じられなかった。背景には、こちら側の情報・知識不足もあるだろうが…。
結果的に、名物の蕎麦をぼったくりプライスで頂戴し、あれだけの観光地なので、おそらく大挙してインバウンドさん、日本人観光客が占拠していると覚悟したシアトルから来たコーヒー屋がおっそろしくガラガラだったおかげで、映画1本分ないしそれ以上〝宿題〟出筆に使わせていただいた。それでも時間は豊富に残り、神無月に神さまがうろついているらしい稲佐の浜にも行ってみたが、夕方早い時間にはお宿のある出雲市駅まで戻って来た。
▲予想外の混まないスタバ。大社を眺めながらPCをカタカタ叩く
なので、この日の絵日記を書くとしたら
「乗継、長旅で来た大社さんは立派な神社だった。今日は、夜ごはんで食べたハマチがおいしかった。日本海ってすごい」
てな、ところだろうか。
今度来るときは、神さまはとりあえず置いておいて、たっぷりとGreedを満たすための極めて世俗的な旅にしてもいい。バチ当たるかも知れんが…。
で、漁師さんが釣ってくれたハマチの写真は撮り逃したが、偶然発見した絶品焼きそばを絵日記に認めておこう。
それは、不思議な偶然から発見した店だった。
本当は、長期戦でラップトップと睨めっこするために、なんちゃらマップを使って見つけ出したファミレスに再びレンチャリで向かったのだが、マップの示す場所にあったのは某巨大ハンバーガーチェーン。おそらく、レンガ色の屋根のデコレーションから、最近〝居抜き〟で店が変わったと推察した。
▲コレ文章にないが神話の国の一大娯楽施設「出雲
会館」このレトロ感…はよ国宝に指定した方がヨイ
さて、どうしたものかと思案しながら、ふと道の先をみると「焼きそば専門店」という挑発的な幟がはためいている。白地に、シンプルな書道系の黒い文字。その質実さが、かなり味に自信アリと読んだが、本来はPC開いて長時間仕事に専念できる場を求めていたのだ。「いかんいかん」脳内の俺は首を激しく横に振ったが、足は勝手に店のドアへ。聖書に書かれたように、人間やはり7つの大罪には打ち勝てないものである。あっさり「1人、いいですか?」と、そそくさとテーブル席へ。
ローケーションとしては、出雲の中心街からは歩いて行くのは相当しんどい距離。車が神さまも煽っちゃうくらいびゅんびゅん走る国道(たぶん)沿いだ。小生の自転車で、おそらく「市駅」から20~30分くらいか?あんな居抜きされて、いまは存在しないファミレスという罠でもなければ、どう逆立ちしても通りがかる土地じゃない。
そこにぽつねんと、真新しい、しかも焼きそば専門店。
だが、味だけは間違いない。
先ず、メニュー自体がプレーンの「スヤキ」と呼ばれる焼きそばと海鮮、トッピングの鳥、キャベツ、目玉焼き程度と至ってシンプルな構成。夜は焼きそば用の鉄板を使った一品量もあるようだが、昼のメニューからも自信の程が窺える。
スヤキなる焼きそばの味は、言ってみれば「塩焼きそば」。だが、一口頬張り唸らされたのが、シンプルな味のおかげもあり、麺の小麦を芳醇に感じさせること。本来は、このシンプルな焼きそばを、好みでソース、醤油などをアレンジして楽しむそうだ。だが、この素材の存在感が色濃く口内に広がるプレーンにこそ、この焼きそばを唯一無二の存在に仕立て上げている。
帰り際、すこし話した店主氏は、どうやらこのシンプルな風味に、トッピングの(特製?)醤油がお薦めらしいが、確かに柔らかい塩味のプレーン焼きそばは、どんなトッピング、アレンジにもしっかりと対応出来る奥深さがありそうだ。ま、個人的には、この小麦薫る麺を楽しむには、プレーンの塩、そして絶妙の柔らかさ、ジュ―シーさで供される鶏肉とのマリア―ジュがベストコンビと感じた。
ま、塩でも、醤油でも、次回この神話の国を再訪する機会があれば、ここはマストなのは変わらない。小倉の讃岐に続き、出雲の(塩)焼きそば。ヒト科おじさん類が絶品の麺類との出会いが続く旅でもある。
滞在2日目にこんな麺類との遭遇があったのはヨシとするが、初日で大社さんがもう十分だったことで、二泊目は複雑な心境での宿泊になった。「これなら、一泊だけで一畑電車に揺られて松江に入って、しじみ汁でもいただけば良かったのに…」。こんな愚痴を呟きながら、夜でも日課と呼ぶお散歩へ。
またまた正直、大社さんの威容も素晴らしいが、この薄暮から宵の出雲が、滞在でいちばんの時間だと感じた。街中を流れる高瀬川が奏でるおだやかで繊細な水の流れが、日焼けで火照った体とハートに潤いを流し込む。駅前の小道(とはいえ目抜き通り)には、細やかな行灯が、旅人をもてなすように並んでいる。
▲素敵なせせらぎはFBで聴いてよね
日本の、訪ねてくる人を優しく、されど仰々しくなく迎え入れてくれるもてなしと歓迎の思いが、この神話の国にはまだ残されている。
日本の心象風景。それが、神話の国の一番の財産だ。












