いよいよ決戦がカウントダウンに。両チームが会場の国立競技場で前日練習を行った。いつものように試合後にコラムを上げるので、まずはその前打ちとしてプレマッチの情報を提供しておこう。

 

テストマッチのルーティンに倣い、両チームとも時間限定の公開。先ず午前中に登場したのはイングランド。20分の公開の中で、10分以上の時間をかけてグラウンドで都合4度のハドルを組み、そこからグリッドでのドリルなど基本的なメニューのみを公開した。

 

練習後の会見までに要した時間が小一時間にも満たなかったことを考えると、調整にもならない程度のメニューで終えたと推察出来る。その会見には、ベテランPRダン・コールが現れた。代表キャップ112を誇るダンさんだが、当然のことながら2年前まで、自分たちのHCだったエディーのことは熟知している。そんなベテランだからこそ、こんなことを聞いてみた。

 

 「ご存知のように、エディーは対戦相手に『いつもと違う』と感じさせる何かを仕掛けて、動揺させてくる。どんなことをケアする試合になるのか」

 

いかめしい顔で、ダンさんこんな〝対策〟を語ってくれた。

 

「確かにエディーは予想しない、いままでないような状況を作り出すことは良く知っています。日本はすこし驚くようなことをして来るかも知れない、そうじゃないかも知れないと念頭に置きながら、やはりイングランド代表としての自分たちの準備をしてきました。どうやってゲームをコントロールするか、自分たちのプレーが出来るかに着目した練習をしてきたのです。いずれにせよ、明日エディーが何か新しいことをするにしてもしなくても、監督、コーチ陣もメンバーもかなり新しい。そういう意味では、何もかもが自分たちには、これまでに経験していないことになる」

 

 

 

 

ここら辺の〝自分たちのラグビー〟を迷わず貫くという考え方は、ワールドカップをはじめテストラグビーでは鉄則でもあるが、火曜日に先手を打ってメンバーを発表したスティーブ・ボーズウィックHCも、その日の会見で何度も強調していたことだ。「エディーの陽動に動揺しない」は、イングランドチームで共有されているのだろう。そんな状況の中で、いかにイングランドにイングランドのプレーをさせないか、やり通されるかは、勝負の大きなポイントになる。

 

イングランドが公開した20分。実はスタート前から「ピッチ上で3回ハドルを組むだけのメニュー」という情報はあったのだが、グラウンド中央で、HCも含めた全員でハドルを組むと、ゴール前右サイド、中央付近、逆陣地の22mライン付近と選手でハドルを組むことに10分以上を使っていた。

 

この〝儀式〟について、練習後にダンさんはこう説明している。

 

「自分たちは、この競技場でプレーしたことないので、フィールドの感触を得たいと思っていた。そういうことを理解した上で、キャプテンのジェイミーがいろいろなシナリオを考えてみようと提案して、それに基づいて、ここでタックルされたら、どうディフェンスするのか、ここでこういうことが起きたらこうしようとか、いろいろなチームの戦術を考えながら3つの場所を選んで話をしたんです」

 

この言葉からも、「慌てず、騒がず、粛々と自分たちの約束事を履行する」イングランドチームのマインドが読み取れた。

 

昼過ぎに姿を現したジャパンも、公開した15分あまりの多くは、水の入ったトレーニング用のビニールバッグを持ち上げるなどのウォームアップに終始した。異変が見られたのは、メニューではなく、メンバーが着たウェアだ。身に着けたのは、試合用のファーストジャージー。会見に応じたニール・ハットリ―・コーチングコーディネーターは、こんな思惑を明かしている。

 

 

 

 

「選手が、明日このジャージー着るのが初めてといのを避けるために、この機会でファーストジャージーを着る感触を掴んでもらったのです。選手が明日、いい形でプレーできるための一番いい状態でチャンス与えるという意味で、今日もあのジャージーを着せたのです。マッチジャージーを今日来たことで、練習前のロッカーでも何人かの選手に笑顔があったし、誇りに思っていることは我々にも手に取るように分かりました。ジャージーを着る意味を、身を持って実感してもらえるのかなと思います。この経験に関してはエディーと過去にもやったことがあります」

 

23人の登録メンバー中8人がノンキャップ。1桁キャップの選手も8人だ。そんなテストマッチの経験の浅いメンバーで戦うための工夫がプラスに働くのかも見物になる。

 

ニールさんは、現役時代は主にロンドンアイリッシュでPRとして活躍。現役引退後はコーチとなり、2019年RWC日本大会ではエディーのアシスタントとしてチームの準優勝を支えた。エディーがオーストラリア代表HCに復帰した昨年も、右腕としてフランス大会にも参加するなど、指揮官の信頼は厚い。3度目のコンビとなった今回は、コーチングコーディネーターとしてコーチを統括するポストに就くが、スクラム、ディフェンスコーチとしても手腕を振るう。

 

 

 

 

ニールさんにとっては母国の代表との戦いになるが、何度も触れてきたように、コーディネーターにも選手にも相当にタフなゲームになるだろう。昨秋のニースでも完敗に近い敗戦を喫した相手だが、今回も十分な経験値と実力を持ち併せた布陣を用意した。先発15人の総キャップ数は日本の169に対してイングランドは522。エディー自身がワールドカップの優勝争いに必要な経験値として600~800キャップが必要と指摘してきたことを踏まえると、イングランドは早くもその領域に近づいている。

 

その脅威を、ポジション毎に書き出しておこう。

 

1列から見ると、ルースヘッドのべヴァン・ロッドこそ5キャップだが、HOジェイミー・ジョージとタイトヘッドのダンさんは合わせて202キャップと、2人だけでジャパンの先発15人のキャップを上回る。この強烈な実績を持つ1列の重圧を、実質上初キャップに近い桜のフロントローがどこまで踏ん張れるかが、ゲームの行方を占う第1歩。もし、最低限の踏ん張りが出来れば、先行きに期待が持てる。

 

2列も12キャップのジョージ・マーティンに対して81キャップのマロ・イトジェ。そして3列でも、今年デビューのFLチャンドラー・カニンガムサウス4キャップの他は、35キャップのFLサム・アンダーヒル、30キャップのNo8ベン・アールと、キャップ数以上に主力に定着する凶暴な2人を投入している。若いカニンガムサウスだが、フィジカルの高さには秘められたポテンシャルが籠る。このゲームでも大暴れの可能性は十分にある危険な存在だ。フロントファイブの重さと圧力の後に、破壊力抜群のバックローと、どのエリアからも強烈な第2波が、ジャパンに襲い掛かる。

 

BKは、1桁キャップはWTBトニー・フリーマン、イマニュエル・フェイワボソ、FBジョージ・ファーバンクのアウトサイド3人。CTBに62キャップのヘンリー・スレードを入れてBKラインを引き締める。SHアレックス・ミッチェル、SOマーカス・スミスのHB団は合計47キャップだが、RWC、6Nと経験値のあるコンビで固めた。

 

勝負の最初のポイントは、繰り返すが、ジャパンの総キャップ3という若いフロントローが、どこまでスクラムで抵抗できるか。ここは、代表メンバーからも「いまだに相当強い」と絶賛されるオーウェン・フランクスとニールさんが、10日間の短期だったが、ここまでの合宿で、どこまで世界トップクラスのスクラムをチームに落とし込めているか。ここが決壊すれば、50点超えの失点も覚悟する展開になる。逆に、かろうじてでも自分たちの求めるテンポでBKにボールを供給できれば、ジャパンの見せ場が作れることになる。

 

これも以前のコラムで書いたが、SO李承信がボールを持てれば、ループを多用した、ボールをグラウンドの縦軸に停滞させない超速が加速し始める。そこに、シザース、カラクロ、アングルチェンジでのエキストラマンのライン参加と、アタックバリエーションを増やしながらゲイン突破に挑んでくる。前日会見に出てきたSH齋藤直人が、しれっと語った「スペースはある」という一言に期待が膨らむ。

 

そして、そのバリエーションの先に待つのがFB矢先由高だ。持っている潜在力でいえば、福岡堅樹以来の才能。堅樹さんは爆発的なスピードでジャパンのフィニッシャーに駆け上がったが、この早稲田大2年生は、スピードはもちろんだが、ギャップを見極めるセンス、視野、判断力も光るロングキックと、トータルバランスで魅せる。勿論、パスを受けた時の加速も素晴らしい。この原石のテストデビューを輝かしいものにするためにも、やはりスクラムでどこまで抵抗できるかは重要だ。

 

 

 

 

BKメンバーで試合当日に微変更があるかも知れないが、個人的に大学2年生と並んで注目、期待するのはオープンサイドで代表デビューするティアナン。スピ―ドでは文句なし。あとは、このポジションに不可欠なコンタクトで、ティア1相手にどこまで戦えるか。先にも触れた相手のブラインドサイドは幼馴染という因縁もあり、本人もいいテンションで迎える初陣だ。

 

思いを巡らせることに長けたエディーさんのことだ。イングランドの強さを認めながらも、このゲームで金星を掴めば、2027年へ向けて世界へ最高のインパクトをかますことになることも重々認識しているはずだ。一連の自身へのバッシングを切り返すためにも最高の勝利だ。もし思惑通りのシナリオが狂ったとしても、どこかに爪痕を残す敗戦であれば、11月の〝第2章〟への布石となる。

 

まるで仕組まれたような第2次エディージャパン船出の大一番。〝勝負しすぎ〟のチケットはどうやらチケットは4万枚ほどと、やや寂しい初陣だが、2027年へのジャーニー最初の足跡として、生で目撃する価値はある。