リーグワンでの今季初めてのナイトゲーム。

試合も佳境を迎える中で、場内にアナウンスが響く。

 

「本日の入場者数は-」

 

すこしの間をおいて観客数が発表された。

 

「1万3428人でぇーす!」

 

プロ野球やJリーグはもちろん、ラグビーでも決して〝大入り〟とは言えない観客数だが、勝負には21-50と完敗した三重ホンダヒートにとっては、勝ちは逃しても価値ある数字だと直感した。

 

東京・秩父宮に限れば、今季リーグワンでは東京サントリーサンゴリアスが1月6日の第4節コベルコ神戸スティーラーズ戦で記録した18867人の最多観衆に遥かに及ばない。だが、人気、実力とも常にトップクラスの東京SGが拠点の東京でマークした18000人と、親会社の本社がリーグワン参画企業で最も近所とはいえ、三重県に活動拠点を置き、ディビジョン1初昇格で失敬ながらここまで7戦全敗というチームの13000人に優劣をつける必要はない。さらに、この日は2~3000席分のスコアボード側ゴール裏席を、イベント用にクローズしての観客数だった。ことを考えれば「13428」の価値はさらに重くなる。

 

3月上旬のこの日、昼間はアウターを脱いでも心地よい暖かさ(14℃前後)だったが、陽が傾けば一気に1ケタ台に冷え込みながら、19:00のキックオフへ向けて観客が聖地へ流れ込んだ。試合前の雰囲気、試合中の歓声から感じ取れるのは、スタンドの大半を埋めたのはラグビーのコアファンではなかったこと。おそらくは徒歩でも15分程度のホンダ青山ビルから来た人たち、そして秩父宮大階段周辺で名刺交換をするラグビーファンらしからぬ多くのスーツ姿から判るのは、ホンダグループ、車メーカーならではの数多の関連企業から集まった人たち、つまり〝にわか〟ファンだろう。

 

脇道に逸れるが、ここで秩父宮ミステリーを紹介しておこう。数年前までは、すこし調べれば秩父宮のキャパシティー、つまり座席数は容易に確認できた。だが、現在は実際にこのスタジアムを保有するJSC(日本スポーツ振興センター)も、優先的に使用する日本協会も、その収容人数を公表していない。もちろん、世界の主要な国で、実質ナショナルスタジアムと呼ばれる施設の座席数が公式に表示されていないというのは異例な事だ。

 

では、実際にはどれくらいの収容力があるのか。通説では2万4000人台という数字が一般的だ。だが、協会関係者と話すと、様々な改修がされる毎に座席数が減少するために、現在は〝通説〟より数百、千席という数で差し引く必要があるようだ。

 

そんな不思議な「定員」の中で、この日のホストチームは、有料、招待券を含めて2000枚近い入場券を捌いたという。つまり、閉鎖された片方のゴール裏以外のチケットほぼ全てが試合前にはほぼなく無くなっていたのだ。この数字をみて、6000人前後の人が観戦に来なかったという解釈も出来るが、招待席、つまりタダ券の場合は使われないケースも多いことを考えると、この日の集客については、かなり善戦したと評価していい数字だろう。

 

この背景には、2つの理由があるようだ。時期的には寒過ぎながら、ウイークデーの金曜日のナイトゲームにしたことが1つ。チームとしては、本社お膝元の秩父宮での開催のための苦肉の策だったようだが、土日ならホンダ系列のディーラーなどの関連企業は稼ぎ時で、ラグビー観戦は難しかったはずだ。系列企業もアフターファイブなら足を運びやすい。そしてもう1つが、三部敏宏社長を筆頭にホンダ上層部が、本社お膝元でのホストゲームに観戦、応援に駆け付けたこと。このような本社VIPクラスが来場することで、社内はもちろん、系列、関連企業も観戦がマストになった。それが、多くのスーツ姿の名刺交換が起きていた要因だ。

 

グラウンド外の健闘に対して、グラウンド内では力の差は認めざるを得ない。ポゼッション、テリトリーといずれもビジター優位の中で、ボールを持っても有効なゲインを切れずに、フェーズを重ねるごとにポイントが後退するような展開が目についた。世界一メンバーの#5、ワラビーズ経験者の#15〝三重のバンクシー〟ら、おそらく高サラリーのメンバーは十分に戦えても、その有力な駒を十分に生かす選手がやや役者不足という印象もある。前半36分には、アタック自慢の相手に楔を打ち込む役の#6小林亮太が相手の頭部にハードヒットしてシンビンを喰らうなど、厳しい戦いを強いられた。前半の0-26が、いまヒートの置かれた採点表と考えていいだろう。

 

 

 

 

不幸中の幸いがあるとしたら、後半はトライを交互に奪い合う展開に転じて40分間のスコアでも21-24(トライ数3対3)という戦いを見せたことだろう。ここには、先に触れた〝にわか〟の多さが重要なポイントだ。すこしラグビーの〝嗜み〟があれば、この試合が早い時間帯で勝負があったと判断するだろう。だが、青山一丁目界隈や、ホンダの関連企業からやってきた人たちの中で、そこまで観戦歴のない方々は、おそらく家路に着く中で、もしくは居酒屋で「後半は面白かったね」「前半頑張れば、もっといい試合になったのに」という〝肴〟が出来たはずだ。これがもし前半接戦を演じながら後半ボコボコという逆の展開なら、後味は大きく変わっただろう。

 

いま日本のラグビー界で大きなチャレンジが必要なのはいかにラグビー村の村民を増やすかだ。つまり、従来から熱心にラグビーを応援してきたコアファン以外を、どう獲得していくか。〝にわか〟を何人〝コア〟に変えられるかが勝負になる。しかし、この外部者に接点を持つこと、村の外に出て価値観の異なる人を仲間に引き込むことが極力苦手なのが、日本ラグビーの致命的、恒常的な欠点だ。この試合で考えると、仕事上の付き合いや、友人の誘いで初めてかそれに近い状態で秩父宮のナイトゲームに不承不承来た人の内何人に「また観に来たい」と思わせたかが勝負だった。

 

そういう観点で、後半ヒートが喰らいついたのは、実際の実力差以上に意味を持つ。もし、このゲームでホストチームが前半のようなスコアで後半ボコられれば、「こんな寒い中で、遅い時間にラグビーみさせられて散々だった」と呟きながら家路に着く人が何人いただろうか。

 

ほどほど埋まったスタンド、夜の冷え込みを少しだけ忘れさせる後半の奮闘。この2点が、鈴鹿の全敗チームにとっては価値がある完敗だっただろう。このナイトゲームは、昨季3位の強豪との対戦と同時に、〝世界のホンダ〟の上層部との勝負でもあったからだ。F1や数々のモーターレースに挑み、投入資金も桁が2つも3つも上の投資をしてきた企業だ。規模も本社への見返りも大きく異なる(下回る)ラグビーだが、VIPの見守る御前試合で、最悪の中で最上のシナリオを演じたことで、寒気のナイトゲーム開催の意義はあったのではないだろうか。その一方で、完敗という現実は、ホンダトップに、「ここまでのラグビーへの資金投入では、このレベルのゲーム」というメッセージを伝える役割もあったはずだ。

 

試合前、秩父宮周囲のスペースでは、ホンダの第1次F1参戦の時の伝説の優勝マシンと現行モデルが展示されるなど、この企業らしい盛り上げも見られた。あまり衆知はされなかった印象だが、キアランさんの来日時には自前のホンダジェットでの本拠地入りなど、他チームでは出来ないホンダならではのデモンストレーションもあった。こんなモータリゼーションやテクノロジーを生かした「らしさ」は、さらに広げられる可能性もこのチームは秘めている。

 

ホンダの中で、ラグビーは強化競技に昇格した。昨年11月のキアラン・クロウリーHCの就任会見を、青山一丁目のホンダ本社で、このチームにしては結構な派手さで開催したのもその影響だ。そして、ホンダ本社のお膝元での御前試合。完敗した誹りはあるかも知れない。だが「これから」のチーム運営、強化という観点に捉えれば、様々なメッセージを、様々なステークホルダーに発信できた一夜だったのは間違いない。