▲おめおめと帰ってきましたトゥールーズ。よもやノンゲームの4日に宿ないとは…

 

 

勝手にのらくらと書いている割には、すこしサボるとお叱りのメッセージもくるので、そろそろ更新を。アップしないので消息を心配する方もいたので、生存照明でもある。

 

前回の絵日記はカルカ彼方の物語りだったので、確かにかなりブランクができてしまった!

 

4日の午前中からPCを叩き始めたのは、ビクトル・ユーゴー市場の目の前のパン屋さん。ユーゴ―市場は、以前にも紹介したトゥールーズの台所。この庶民的な熱気が、すこし豊かなこの町ではお気に入りの場所だ。

 

そして、このパン屋さん。市場を眺めるテラスもあるので、迷いなくクロワッサンとエスプレッソを頼もうとすると「コーヒーはないよ」。え、この店構えでコーヒーなし? 慌ててシュエップスに替えて市場の目の前の席へ。

 

 

▲お気に入りの歴代トゥールザンの写真も眺められるご機嫌なテラス。こ

の豊穣なバターの香りのクロワッサンには、やっぱエスプレッソだねぇ

 

 

あ、書くのをサボったのは、諸々優先事項があったから。怒りの長文を書きかけて、これは相当後にアップするべき―というトラブルもあったりして、ここまで更新が出来なかった。

 

で、本日のお話を。フランス時間4日は、ちょうど小生のフランス遠征の中日。つまり折り返しとなる日だ。まだ半分、あと半分。どうにでも解釈できるが、すこしフランスの諸々にうんざりしている自分もいる。でも、毎大会思うが、ワールドカップってこれから本番だよね。

 

そして、めでたき折り返し日に、すこし戸惑う出来事が。

 

記事にも書いたナントから舞い戻り、とり急ぎ2,3日は、マタビオ駅からも数分のアパートに。周囲や建物は、やや不安な雰囲気(これが好きなのよ)だったが、部屋はリノベーションしたばかりの心地の良いワンルーム。真新しい洗濯機で、結構ギリギリだった衣類も完璧に洗い終えた。

 

 

▲舞い戻ったトゥールーズのアパートは立地、清潔さと10/10のポイント。右の

ガラスが入った壁の裏がシャワーで、背中越しに中庭(駐車場)のある面白い構造

 

 

この界隈、駅から中心街までの華やかな道から1本はずれたような位置だが、簡単にいえばアジア街。マレー、タイ、中華とアジア系レストランや、食材店が並び、そのさらにディープなエリアには、世界どこでもあるパターンで、いかがわしい街へと入っていく。なので、チェーンスーパーのセキュリティーも、通常より怖そうなオジサンだ。

 

で、戸惑いは、いかがわしい街ではなくきょう4日の宿。ナントからの移動などのバタバタで、この物騒エリアの宿を押さえたのが、泊まる前日の深夜。その時は、4日の部屋も1万円プラス程度で開いていたのに、昨日チェックするとほとんど埋まっている。時間を空けてキャンセル狙いで物色しても、どんどん埋まっていく。

 

日本でこういう現象は、なんちゃら学会か、開催してしまったアイドル事務所のイベントだが、フランスでは…。

 

昨日の午後、寄り道したカフェで、お姉ちゃんとこんなやり取りを。

 

「なんで、4日の夜は部屋が空いてないの?」

 

「分からないなぁ。たぶんワールドカップじゃない?」

 

「だって、トゥールーズで試合ないでしょ」

 

「うーん、でもビッグスクリーンとかあるでしょ、だから、みんなトゥールーズに集まって来るのよ」

 

横のお姉ちゃん2号も「そうよ、そうよ」なんて顔である。

これ以上の議論は不毛と、コーヒーとPC叩きに専念したが、結果、トゥールーズの滞在はあと1日で宿なしの危機に。結論としては、本日未明に、トゥーロンからフランス国鉄で30~40分の、とある町のアパートを押さえた。他にも、若干ながら近い(安い)宿もあったが、この町を選んだ理由は、あらためて。

 

で、前回からの続きで、これまでのおさらいを。

 

当初のプランでは、サモア戦が終わると、ジャパン以外の試合のために、トゥールーズを離れる算段ではあった。こんな取材申請をしていたからだ。

 

29日 NZ-ITA(リヨン)

30日 ARG-CHI(ナント)

1日 SA-TON(マルセイユ)

 

5日NA-URU(リヨン)

6日FRA-ITA(リヨン)

 

2、3、4という豊富な中日は、それこそ出筆、決勝トーナメントも含めた戦略構築、そして有意義な旅に充てようなどと考えていたが、ナントでのアルゼンチンを観て、すこしシフトをジャパン寄りに戻すことに。マルセイユ、リヨンのビッグマッチをキャンセルして、トゥールーズに舞い戻った。

 

すこし、話を巻き戻そう。

ジャパンのサバイバル第1関門となったサモア戦の日、なんとトゥールーズの公共交通機関はストライキを打ってきた。こんな日に、こんな日だからこそなのか―。大会運営側も手を打ち、我々用のメディアバスを急遽出すことを前日夜にメールで送りつけるなど、対策を講じてきた。だから、なおさら不安を抱きつつ、当日宿を出たが、実際にはスタジアム近くの宿から中心部までは、ストを感じさせない運航状態。あまり市民に打撃になるような交通障害は得策ではないと判断したのか、急遽手打ちがあったのか…。

 

中世の城郭都市から戻っての最初の宿は、中心街からややスタジアム寄りのロケ―ション。この町は市内、郊外に数校の大学があるのだが、このエリアはいわゆるトゥールーズ大学の学舎、研究棟が、古い町の中に点在している構造のようだ。

 

 

 

 

中心部からやや北側に拠点を置く第一大学は、中世の壁らしきものの内部がキャンパスになっているようだ。日本の大学にも似た構造だが、トゥールーズ大学は、どこが校舎で、どこか民間施設だか分からない。町と学びが混在したエリアでもある。

 

そのせいか、町はすこしだけ品がいい。古く、狭い石畳を、若い人が講義へと向かう以外は、生活感の薄いエリアでもある。それでも、日が暮れると街角の小さなバーは、学生たちで埋まり、大笑いでグラスを傾ける者、議論に講じる者など、様々な時間を過ごしている。

 

学生街の宿は、古い屋敷の中庭に面した小さなアパートだ。コンパクトな部屋のために、ソファベッドを使ってスペースを確保する間取りだが、部屋自体の清潔さ、リノベーションは素晴らしく、小生の名前を書いたメッセージ付きのチョコレートビスケットなど、主の気遣いが心憎い。

 

この主、Paulさんだが、中世都市から舞い戻り、バッグを引きづりながらのジャパンの会見も億劫だと思い相談すると、こんな素晴らしい対応をしてくれた。

 

「私のオフィスまで来てくれれば、荷物を預かり、後であなたの泊まる部屋に置いておきます。それか、私が朝早めにアパートのキーボックスに鍵を入れておいて、あなたがアパートに入れるようにして、部屋の前にバッグを置いておくこともできますよ」

 

 

▲Paulさんのアパートは小ぶりでソファベッドを広げると部屋のかなりを独占する。それで

も、心の籠った仏流おもてなしで、満足感はかなり高い(撮影した後方がキッチンと玄関ね)

 

 

アパートの建物内には外部の人が入れない程度の安全性があり、バッグも下着くらいしか入っていなこと、そしてポールさんに迷惑を掛けないという判断で、後者をお願いして、無事に軽装で取材に向かえた。

 

ついでに、このアパート利用時の自炊用の買い物もアップしておこう。普段はクロワッサン派だが、近場のスーパーで、まだ温かいバゲットが焼けていたので、ついつい購入。夜、朝と2食のくせに。

 

 

▲見え辛いが、バゲット以外は、レタスにお気に入りの生ソーセージ、アプ

コットにレンジ飯。ついでにスーパーのベーカリーで出来立ての魔力に騙

れてのエッグタルト。味はスイーツ王国らしからぬ、マカオのタルトが上

 

 

▲こちらレンジ飯ですが、白身魚のホワイトソース&サフランライス添え

オキニのソーセージをグリルして。このホワイトソースも結構コクがある

 

 

▲こちら総菜屋兼務のお肉屋さんのパエリア。味はまぁ

まぁレベルだが、チキンのロースト具合が素晴らしい

 

 

数日前のSNSで上げたフルコースの晩餐で、あまりに美味しかったという条件反射で、紙パックのガスパッチョにも手が伸びた。お味は所詮スーパー基準だが、フランスは、スープ、ソースものの食材(レンジ食品でも)は、かなりクオリティが高いと感じている。何でも美味しいと感じるのは、生まれながらの〝味音痴〟のおかげかも知れないが、ここは、そう生んでくれた両親に感謝したほうがいいようだ。

 

最後に、すこし時間が経ったサモア戦の日のスタジアムまでの珍道中を。

 

トゥールーズの場合は、街中からスタジアムまで徒歩でも30~40分。カフェに寄り道したら、そんなに負担もない。実際に3度ほど歩いてみたが、散歩コースとして悪くない。スタジアムは①徒歩②トラムなど公共交通③メディアバスと、常に三択があるのだ。

 

この日も、ノープランで街に出て昼食、お茶、PC叩きと時間を過ごしながら、17:00にメディアシャトルがあることを思い出し、ピックアップ地点のジュンジョレスからバスに乗り込んだ。スタジアム到着予定は17:45。そんなにかからないのでは? と思いながら、10分ほどの遅延で出発したが、スタジアムまでグーグルマップで1.9㎞の地点で突然バスが停まった。ヨーロッパならではの細い石畳の路地に、作業車のようなトラックが路駐していてバスが通れないのだ。

 

ドライバーさんが、ギリギリの間隙を抜けようとしたが、見事にサイドミラーを破損して突破は断念。1つ学んだが、日本ではこの場合は間違いなくクラクションで、駐車している車のドライバーに知らせるが、どうもこの風習はフランスにはないらしい。ドライバー氏、破損したミラーを気にしながらも、なんと車幅ぎりぎりの小道をバックで戻り始めた。折り返せるような路地までは、おそらく500mほどはあるだろうが、このバックのテクニックは恐るべしだ。なんとがバックで切り返せたときは、社内のメディアも拍手喝采。30分ほどの立往生を脱して、スタジアムへと走り出した。

 

しかし、そこで無事到着では、さほどの珍道中でもない。

スタジアムまでは、もう歩ける距離という位置で、今度は大渋滞が襲ってきた。会場周辺の道を封鎖したことで、中心地から郊外へと流れる車が、もう動かないほどの渋滞を起こしていた。ここは、トゥールーズが水の町だということが祟った。町から郊外へ行くには、雄大なガロンヌ川を越えるしかない。そのため、橋へ向かって車が集中する夕方に、この交通規制がぶちかり、かなり悲劇的な渋滞を起こしていたのだ。

 

バスに乗ったジュンジョレスからスタジアムまでは徒歩47分。地下鉄なら待ち時間込みで25分。それが、この日のメディアバスは結果的に2時間かかった。早目の出発だったので19時着でも記者は被害は大きくなかったが、よもや東京から京都までの時間をかけて3.4㎞ほどの距離を移動するとは。ま、これも、なかなか経験できないことだと、脱力感を引きづりプレスルームに辿り着いた。

 

 

▲これはトゥールーズじゃなく、アルゼンチンvサモアを観戦したスタッド

ドゥ・ラ・ボジョワールの広大な屋根の上。ナントのポリスは命知らず!

 

 

各会場では、スタジアムと中心街や駅とのロケーション、キックオフ時間などを顧慮して、メディアバスを導入するしないが判断される。だが、各会場のこのメディアバスが、毎回期待を裏切らないほどにはちゃめちゃな運航をしていて、それだけで1本記事が書けるほどクレイジーだ。

 

試合後に一通りの取材を終えると時間は午前零時過ぎ。各地の珍道中もあり、メディアバスを回避して、タクシーや徒歩で宿へ戻る記者もいたが、すこし怖いが25:00スタジアム発の帰り便に乗ってみた。

 

01:00に乗った中心街まで要した時間は15分あまり。昼間の大冒険は何だったのか…そんなことを呟きながら、深夜のトゥールーズを宿へと急いだ。