「油断」しないこと。

これは比較的日常よく耳にする言葉ですが

この言葉について少しだけ深く考えてみました。



多くの場面でこの「油断しないこと」とは

隙を見せないこと、高を括らないこと、安心しないこと、手を抜かないこと


比較的優勢に立った状況下で気を緩める事、気を許す事、

注意を怠る事、不注意等を戒めるための言葉として多く使用されています。






ではなぜ「油断」とは「油を断つ」という漢字が使用されているのであろうか。



説はいくつかありました


仏教の経典「涅槃経」のなかに、

「ある王様が一人の家臣に油の入った鉢を持たせ『一滴でもこぼしたらお前の命を絶つぞ』と申しつけて、 うしろに刀を抜いた監視人を置いた。そこで家臣は細心の注意をはらって鉢をささげていた」

という説


これは「そのくらいの緊張感をもって臨め」という意味でしょう。



もう一つの説は

比叡山延暦寺の「根本中堂」には1224年もの間ずっと灯りが保たれている法灯があります。


これは比叡山を開いた伝教大師が灯したご宝灯。

この灯を絶やすまいと七百八十八年より、本日二千十二年の現在まで油を絶やさず注ぎ続けてきた。


この不断の努力を断つことなかれ。


という説。


これは、「今まで多くの時間や努力を積み上げてきたものを『断つな』『無駄にするな』」という意味でしょう。





和田氏は「油断しないこと」と人に言っていただいたり、自ら思うときには


後者の説を大切にしています。



もちろんゴルフの時もです。



テストや試合、絶対に灯を消してはいけない場面があります。

その時の「油断」の意味を前者の捉え方にしてしまうと、緊張して余計に普段できていることが出来なくなってしまいます。



ところが後者の捉え方に徹すると「普段やっていることをやるだけ」という気持ちになれます。


万が一の事態を想定して、いくつかのリスク回避の引き出しを用意しておくことも出来ます。



一時の好不調、欲求、アクシデントなどに左右されて簡単に断てる程度の努力は

きっとそれは努力とは言えないものなのだと。



毎日毎日、油を断つことの怖さ、重さを知り、不断の努力を積み重ねていくこと。

そしてそれを断たないこと。



即ち「油断しないこと」なのだと和田氏は思います。