少し前ですがアメリカで黒人が白人に射殺される事件があったそうです。
警察も当初は加害者の白人側の証言(被害者が強盗の犯人だと誤認させるような動きをした。)を信用して、捜査をしなかったそうなんですが、現場を見ていた一般の人が撮影した動画には射殺された黒人がそのような動きをしていなかったことが映っており、それが決め手となりその白人は逮捕されたそうです。
まあ、差別っていうのは理屈では何ともならないところがありますが、アメリカってその理屈では何ともならない部分を助長するような文化がありますよね。
息子にYoutubeとかにある子供向け動画をよく見せるんです。動物を擬人化したアニメが多いんですが、いかんせん全世界向けなんで子どもが好きな“パトカーもの”に登場する悪役はいつもオオカミなんです。で、警察はだいたい犬かライオン。
子どもが混乱しないように動物の種類とパーソナリティを整理してるんでしょうけど、それが差別の潜在化につながるような気がします。
息子はどんな人に育つんでしょうね。
僕が小学校低学年のころ、クラスに障害を持った子がいたんですけど、その子は言葉はしゃべれないし目の焦点が合って無いし間接は逆に曲がるしってビジュアル的には低学年の小学生には恐ろしいものでした。
その子がとある放課後に学校の近くのバス停でバスに乗ろうとしていたんです。徘徊癖があることも担任の先生から聞いていたので「チーちゃんバス乗ったらあかんで。」って言ったんですが通じるわけもなく、バスに乗ろうとしてました。
手をつないででも引き止めないといけないんですが、いかんせん関節が逆に曲がってるような子ですからできれば触りたくない。僕自身も躊躇してたんですがそれ以上に一緒にいてた連れの差別意識みたいなのが心の中に入ってきて、その瞬間それに対する反骨精神みたいなのが芽生え、その子の手をつかんで引き止めたんです。
つかんだ感じは意外に普通の感じで、その子が手を振りほどこうとしたんで羽交い絞め的な感じにして引き止めました。
連れは割と引いてましたけど、俺が「先生呼んできて!」っていう声には素直に反応してくれて先生を呼びに行ってくれました。
まあ、今思えばですけど、連れ数人の潜在差別意識みたいなのに対する気持ちが僕の行動の原点になってるのかもしれませんし、父親といまだに仲良くなれないのも父親の潜在的女性蔑視意識みたいのに対する気持ちがあるのかもしれません。差別意識ありきでそれに対する意識って言うのは特に何も生み出さないし、その時点で分断が起きますしね。
とはいえ、潜在的な差別意識というのは根深いものがあるのおもいます。せめて子どもに見せる動画には悪いことをする犬やライオン、力強いネズミや、清廉潔白なオオカミを登場させて、子どもに「これってどういうこと?」って考えさせてあげてほしいです。