山田征さんの映画とお話し会、宇部と下関が無事終了しました。今回はとても速足で移動し、ほとんどゆっくり交流する時間をとることができませんでしたが、車の移動中にたくさんお話しすることができました。違う世代、しかも歴史に対する認識も全く違う征さんと私。知らないことだらけ、また、いろんな背景や、物事の本質を常にとらえてこられた征さんの言葉には理解がとてもとても難しい。なので、征さんの伝えようとしているメッセージはそんなに薄っぺらいものでなく、とても深い理由があるから出てくる言葉なのだとあとでわかることがとても多いです。
映画はとても淡々とした記録映像。征さんのお父さんが日中戦争の通信兵として残された写真を片手に上海から南京へ向かう様子が描かれている。征さんは小さいころからその古びたお父さんのアルバムをなんとなく見ていて、その写真の意味も何もわからないながら、いつも気になっていたそうです。いつかは、この写真を片手に中国へ行ってみたいという願いが、80歳でその夢が叶ったのがドキュメンタリーの記録映画として製作されたものです。
映画の中ではなかなか献花したいと思っても、花を手向ける場所ですら探すことがとても困難な状況が映像の中で垣間見ることができ、それでも揚子江へ花を流されるシーンは、本当に征さんが長年思い続けてきた父への思い、犠牲になられた方々への思い、これから二度と繰り返さないという思いがとても深く詰まっていたように感じました。
また、この映画で通訳で同行された班忠義 さんは、従軍慰安婦のドキュメンタリー映画の監督をされている方で、「太陽がほしい」という映画を作成されています。
そして、映像をとられ編集をされた南風島渉 さんは、東テイモール独立運動のさなか、ゲリラ軍の中に入り込み取材を続けてこられた骨のあるすごい方。カンタテイモールという映画の製作にもかかわっておられます。
http://www012.upp.so-net.ne.jp/vfa/voice_from_asia_by_Haejima_Wataru/top.html
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/54057
初日のお話も、二日目のお話も、とり止めもなく話をされるように見えるのですが、それには理由がしっかりありまして、一般的な人のベースとなる認識が違う分、それを説明しない限り、大切なことが伝えられないという現状があるということ。それと、私は質問の時間をしっかりとって話し合える時間が必要だと考えていたのですが、征さんはあまり(絶対ではない)質問に答えたくない。とおっしゃっていました。その理由も最初述べたように、議論するベースの違いを埋めるのにはとても長い時間が必要となり、毎月来てお話し会をするようなことができるのであれば可能かもしれませんが、それはこの短時間で皆さん一人一人の質問に答えていくことは現実的に無理だということ。そして、それよりも征さんの言葉で、できるだけ語って頂くことの方が大切なのではないかと私も考えるようになりました。本当は私も来られた人たちがどう感じたか?どう理解したか?などなどいろいろ聞いてみたい!!という気持ちは強いのですが・・・・
あと、今回のドキュメンタリー映像の中で、征さんが謝るシーン何度か出てくるのですが、日中戦争という惨事の中、犠牲になった人すべてに対しての思いもあると思いますが、日本という国が自ら他国で行った戦争であるという点。通常の戦争であれば食料など自国から輸送されてくるそうですが、この戦争では食料などいろんなものが現地調達されていたという事実。そのため、普通に暮らしていた中国の人たちの家に泥棒に入るようなことを戦争ということでまとめられ、そうしたことが日本ではあまり知られていないということ。やはり、日本で生まれて日本に住む私としては、この国がやったことで間違っていることはまず謝ることが基本だと思います。しかし、間違ったことを謝らずに、相手だってこんな悪いことをした!!というのは、順番が違うように思います。まだまだ、戦争のこと、その背景などの知識がないのですが、征さんがとても進んで上映会をしていた素晴らしい映画があるそうです。それは、高岩仁さんという方が作った「教えられなかった戦争」といういくつかのシリーズがあっるようなので興味にあるかたは是非ご覧いただけたらと思います。私もぜひ見たいので、近い将来ミニ上映会できたらと思っています。
https://movie.walkerplus.com/person/99989/
そして、そして、今回この映画を通して、征さんが伝えたかったメッセージ!!それは、子どものころ、感じていた嫌な空気感。それは、天皇という神を押し付けられ、それに従わないものは何か月も監獄に入れられたり、ひどいときは殺害されるケースも多々あった時代。そして、隣組という名のもと、監視され、家族の中でもうっかりとしたことが言えない状況。みんなと違うことをするとひどい目に合う。この空気感が、今のコロナ禍を生きる今のこの時が重なるとおっしゃっていました。死にそうになった両親の死に際にも会うことができなかったり、東京にいる若い人が、仕事を失い故郷へ帰ろうとしてもコロナで悪いけどかえってこないでくれ!といわれ、ホームレスになっている若者が急増していたり、大変な状況が今も広がっているそうです。ときどきホームレスの炊き出しに行かれている征さんが、教会がやっていた炊き出しがなくなり、一気にホームレスの人たちが増え、週に3日に増やしたそうです。そして、若い人がホームレスになるケースも急上昇しているとおっしゃっていました。
コロナを本当にマスクで防げるのか?ウイルスと細菌の違いは何か?どんな性質があるのか?コロナで亡くなられた人の数と、インフルエンザや結核で亡くなる人の数の違いはどうなのか?なぜ、2人に1人ががんで亡くなる数の方が圧倒的に多いがこれは同じように報道されないのか?そのような疑問を持つ人たちがどれくらいいるのでしょうか?
コロナ騒ぎ広がったころ、電車でマスクをしていない人がくしゃみをして、緊急停止のボタンを押した人がいるということがあったり、福岡の人が長崎の海に泳ぎに行ったとき、海水浴場のアナウンスで「福岡ナンバーの車は直ちに出ていきなさい!二度と来ないでください!!」とまで言われ、慌てて出ていったという知人の話もされました。
征さんは、コロナ事態の危険性よりも、このようにみんなが右へなれ!と号令をかけられたかのようにみんながマスクをして、しない人はその同調圧力を感じる。時代が変わったこの現代社会の今でも同じ空気が流れていることにこれからの未来への不安を感じてしまうと警告されていたように私は受け取りました。
「日の出前の闇が最も深くなる」という言葉を征さんがおっしゃっていました。そして、「これから地球が変容し、新しい時代が来る!明るい未来がある!と鵜呑みに信じている人たちがいるようですが、彼らはこれから来るその最も深い闇をわかっているのでしょうか?」といわれたことも印象に残った言葉でした。
前回1年前に来ていただいたときに、これからの時代はひとりひとりの「「覚悟」が必要だと思う。とおっしゃっていましたが、今までのうみを出し切らない限り、この希望の光は見えてこないのだろうと今も理解しています。
