こんにちは、ROKOママです
HSC、感覚過敏強めの兄弟を育てています
息子二人は不登校で時々放課後登校や フリースクールに通っています。
二人をサポートする私もHSP
そんな二人と私の日常やアスペルガーのパパと過ごした日々の事、感覚過敏への対応など綴っています
どうぞよろしくお願いいたします
*このブログでは大人の発達しょうがいについても書いていますが、あくまでも我が家の場合であることをご了承くださいませ
離婚関係
パパの別居報告を静かに聞いていた二人。
きっと頭の中で何が起きているか、
これからどんな生活になるかを考えているのでしょう
「わかった、もういい、今日はもう疲れた」
長男が言いました。
ここ半年、長男とは
「どんな生活をしたら気持ちよくすごせるか?」
という会話をする機会が何度かありました。
「パパに追い出されて学校に嫌々登校した」という時、
「パパの存在が負担」と言った時、
パパの言動で私たち3人が困ったり辛くなった時、
「そこまで追い込まれちゃうなら
母子3人で過ごして、
パパとは時々会えるっていう方が
みんな幸せなのなかぁ…」
と提案したこともありました。
なのでなんとなく頭にはそんな日が来るのかもしれないと
長男なりに感じていたのかもしれません
それが実際に起きたという混乱、
いろいろな感情の疲れ
「もう今日は休みたい」という言葉は
その整理をする時間が欲しい、というような姿でした。
次男も同じように
じっと話を聴き何かを考えている様でした。
状況が理解できない、というよりは
状況を理解した中で、自分はどうするべきかを考えて居るような
次男らしい姿でした。
きっと、泣いていいのか?止めるべきか?
でも、お兄ちゃんは休みたい、と言っているから
ここは何も言わずに居よう・・・と思っていたのでしょう
私は子どもが落ち着いたら
パパが伝えた別居という事実と
パパが伝えた別居の理由、
足りない所を後から伝えよう
そう思い、
「じゃぁ・・・」
とパパが座っている寝室のドアの前に行き、
閉めようとしました。
もう今日は終わりにして、
そういう感じに目くばせをしましたが
まだパパは何か言いたげに動きません
そして
「ほんとはさ、最後の日だから楽しく過ごしたいなーって
思っていたのに、こんな風になっちゃって。
パパがジュース飲んじゃったからさ…」
と話し始めました。
もう、そういう言い方をしたら
我慢していた二人の心がまた揺さぶられちゃう
そう感じていたのに、
パパはそう情に訴えるようなことを言い始めたのです
すると・・・
うわーーーん
長男が大きな声で泣き出しました
釣られるように次男も大きな声で泣き出しました
そして、泣いたのを見た途端、
パパはまるで
「やっと自分との別れに子どもが泣いてくれた」
と確認を終えたかのように
「じゃぁ」とリビングに去っていったのです
寝室に響く二人の泣き声。
私は良い家族を作れなかったこと
良いパパを選んで結婚できなかったこと、
子どもに深い傷を負わせてしまったこと
その全てが自分の責任であるんだ、と
この子どもたちの叫びから逃げてはいけない、と自分に言い聞かせ
じっと座ったまま、子どもの泣き声に向き合うのでした
パパが部屋から離れたあと、
長男が大きな声で叫び始めました。
「もうなんでだよ
なんで普通の家族じゃないんだよ。
もう嫌だよ、こんな家、俺が出ていきたいよ
4人じゃなきゃダメなんだよ。
パパは悪いところもたくさんあるけど、
この家から父親がいなくなったらどうするんだよ
母子家庭だって笑われて生きていくのかよ
なんで?
ママのメンタルが弱すぎるからじゃないか!
だんでだよーーー」
泣き叫び、私を見る目は怒りにも、悲しさにも満ちていました。
(母子家庭で頑張っているみなさん、
長男の言葉、ごめんなさいです。
でも、そのまま載せさせてください)
そしてその叫びに
【言ってもいいのか】と状況をよんだ次男も続きます。
「ぼくも、この家でていくー、一人暮らしをする
こんな家、いやだよー」
うん、うん、そうか、そうだよね
と頷いて子どもたちの言葉を聞く
それしか私にはできませんでした
今はどんな言葉も受け止めよう、
そう思いながらじっと子どもの声を聴いていました。
でも、ふと、あることにも気づくのです。
子どもたち、
「こんな家いやだ」とか
「自分が出て、一人暮らしする」
とか、親が決めた別居に対しての抵抗は言うけれど
「パパが好きだからここに居てほしい」
という直接的な言葉が出てない…
たくさん叫んでいる長男も
「出ていってほしくない、パパ、行かないで」
というより、
家族、4人、両親と子ども、
という形が崩れることに抵抗がある、というような
言葉が次々出てくるだけ。
それでも
「ママのメンタルのせいだ」
というような言葉はかなりこたえました
パパの言い方もありますが、
でも私の心のどこかには
「まだ辛抱できたのか…
私じゃない女性だったら
もっとうまく家庭を作れていたのか」
という気持もあったので
「ママがもっと強かったら良かったのに」
と言っていた言葉をきくと
「そうか・・・やっぱり別居は私のせいか…」
とかなり凹むのでした
普段泣くことのない子どもたちの
必死の叫びに思わず
「じゃぁ考え直すよ」
という言葉が出かかります。
でも、私は以前、相談していた先生にいわれた
「母は鬼にならないといけない時がある」
という言葉を何度も思いだしていました。
ここで別居をやめる、といえば
子どもも私も一時は楽になるかもしれません。
可愛い我が子が泣く姿は見たくありませんから。
でも、別居をやめたら笑顔で過ごし続けられるか、
理想の家族になって気持ちよく生活できるか?と言われたら
即答でNOと言えるのも解っているのです
ここは私が鬼になるしかない。
どんな叫びも怒りも受け止めて、
嫌なママだ、ダメなママだ、と思われても良いから
越えなければいけない、そう思い私は
「それでもやめることはできないんだ」
と二人に告げたのでした。
読んでくださりありがとうございました