○○さんのことが好きで好きでたまらない!
何歳になっても凄く素敵なことだと思う。
四六時中離れていたくない。・・・これって世間一般的には最上級の愛の形のように思われがちだが、果たしてそうなのだろうか?
僕も少ない恋愛経験ではあるが、寝ても醒めても○○さんのことが忘れられないという経験がある。
でも、最近思うことがある。
そういう時って、下手をすれば相手の都合やタイミングを考えず、とにかく自分の思いだけで突っ走ってしまいがち。
素の自分をぶつけること・・・
何の計算もなく素の自分を晒せること、それ自体はこの上なく素晴らしいことだと思う。しかし多くの場合それに飽き足らず、結果として自分が安らぎを得ることを何処かで期待している。
だから、安らぎを得る結果に辿り着けなかったときは凄く落ち込むし、酷いときは自分に安らぎを与えてくれない相手に対して攻撃的な衝動すら生みかねない。
また、一旦安らぎを得ることが出来たにしても、それだけで満足せず更なる安らぎを求める方向に走る嫌いがある。
見返りを期待する愛は本当の愛ではないというが、そもそもこれって「愛」なんだろうか?
本当に人を愛することが出来ている人というのは、その人を愛する以上に自分自身を愛せているような気がする。
だから、自分の為の時間が当然必要だから、24時間の全てを相手のことだけに捧げるなんて発想はあり得ない気がする。
まずは自分を自分で愛して、次にそういう愛する自分を愛してくれる相手だから好きになる。それが本当の「愛」であるような気がする。
「四六時中一緒にいたい。四六時中忘れられない。」・・・
これは、自分で満足のいくまで自分自身を愛することが出来ていないため、自分の代わりに自分を満足いくまで愛してくれる誰かを求めようとしている、ある種の「依存」なんではないだろうか?
愛だ愛だ言いながら、単に「依存」に填っているだけのような人が実は多いような気がする。