去年の秋、ブロ友さんたちと柴又を歩く機会がありました。柴又は、母の実家が葛飾区にあったので(子供はうるさいから)祖父に連れられて何度も行ったことがあります。だから「柴又? 知ってる、知ってる!」と思ったけれど、行ってみたら遠い記憶の柴又とは何か違う。

 

駅から帝釈天って、こんなに近かったっけ? 参道って、こんなに細い道だったっけ?

 

古いアルバムに写真があったハズ。すると白黒の写真が見つかりました。(当時カラー写真はフィルムが高くて、幼稚園より前の写真は白黒写真の方が多いです。)

50年くらい前の柴又1
 

母と手をつないで歩いているのが、私。振り向いて、母と私を見ているのが祖父です。こんなに足が短いから、駅から帝釈天が遠いわけだ! こんなに小さいから、道が細いと感じなかったんだ!

 

私が2歳くらいの頃でしょうか。今時なら2歳児はまだベビーカーで外出かもしれませんが、昭和の子供は歩いていましたね。ぐずるとこんな風に、大人が抱っこしていたと思います。

50年くらい前の柴又2

 

私が手に持っている小さな傘は紙製で、祖父が買ってくれたのだと思います。祖母や両親は、すぐに壊れてダメになるようなものは絶対に買ってくれませんでした。「おじいちゃん、ありがとう」

 

昔の写真と同じ場所の写真が撮りたくて、人が少ない朝の時間帯に再び柴又へ行ってみました。柴又駅前の寅さんの銅像です。その視線の先には

 

妹のさくらが。こんな銅像は、私が小さい頃にはありませんでした。(2017年に出来たものだそうです)

柴又のさくら

 

帝釈天の参道を歩き始めるとすぐに、1枚目の白黒写真と同じ場所に着きました。信号を渡って右手2軒目の高木屋老舗の前です

帝釈天参道

 

後ろを振り返ると「神明會」の看板が。商店会の名前は、50年以上変わっていないようです。太い電柱はなくなっていて、スッキリしています。

帝釈天の参道

 

高木屋老舗は、ものすごく有名なおだんご屋さんです。朝9時台でしたが、もうお店は開店していました。

高木屋老舗の店先

 
こういうのは別腹なので、店先で早速いただきました。最初は私だけでしたが、私が食べているのを見て次々と店先で食べる人が。お茶もサービスされて、1本が200円です。
 
草だんごに満足した後は、帝釈天に向かいましたが、あっという間。グーグルマップによると130m(徒歩2分)だそうです。私の足が短かったから「遠い」と思ったことの証明ですね。
帝釈天の門
 
帝釈天の境内で撮られた、こんな写真もありました。祖父は「老人」だと思っていたけれど、全然若いわ。(多分60代半ば)
参拝前に手を洗う
 
同じ場所がこちら。新型コロナの影響で、ひしゃくは撤去したと書いてありました。
柴又帝釈天の手水
 
朝だから境内に人も少なくて、爽やかです。
帝釈天境内
 
墓地分譲中の看板がありました。有名どころなので、お高いのでしょうね。東京23区内だし。
墓地分譲中
 
人も少ないので願い事も叶うような気がして、じっくりとお参りをさせていただきました。その後は、参道をまた歩いて駅まで戻りました。
 
風車にダルマ、この雰囲気がいいですね。
柴又帝釈天の参道
 
今は中々見られなくなってしまった町のおもちゃ屋さん等をのぞきつつ、「昭和」へのタイムへスリップを楽しみました。
柴又のおもちゃ屋さん
 
こういう光景が見られるうちに柴又にまた来て、草だんごはもちろんですが、これも有名らしい川千家の鰻も食べてみたいと思います。
 
のどかな柴又駅。また来ますね。
柴又駅の看板
 

 

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